2人が本棚に入れています
本棚に追加
02
自分のデスクに着くなり、早速ウザい同僚が近寄ってきた。
「貴島さん、何かいつもと雰囲気違うよね。あっ、もしかしてデート?」
同僚の斎藤アンナは人のファッションやメイクにうるさい。
「実は私もデートなんだよね。
ここだけの話なんだけど、営業部の結城さんにご飯誘われてて」
そして人の話を聞かずに、すぐに自分の話にすり替える。
「西麻布の高級フレンチ行くの。あっ、絶対に言わないでよぉ」
自慢話はそのへんで勘弁。よし、最初のターゲットはお前に決めた。
「うん、言わない。だってアンタに興味ある人間なんて誰もいないもん。
私だって1ミリも興味ないし」
普段から思っていることを言ってやった。
「えっ…、何、それ、急にどうしたのよ…」
鳩が豆鉄砲喰らった時の顔を私は初めて見た。
「何って、そのままよ。自分の話しかしない人間に興味なし!」
「はぁ!?ちょっと!ふざけてんの!?」
喧嘩腰でこられると面倒なことになりそうなので、ここらへんでやめておく。
「ちょっと、何本気にしてんのよ。今日は何の日?」
「は、どういうこと!?」
「エイプリルフールでしょ?」
「あ、あぁ…!なんだ、そういうこと…
もういきなりあんなこと言うからびっくりしたじゃない」
そう言ってアンナは急に魂の抜けたような顔になった。
「貴島さんがそんなこと言うわけないもんね。
もう、ちょっと!完全に騙されたわ」
私は黙ってまま、笑顔でうなづくだけにしておいた。
アンナはとにかくおしゃべりだ。人の秘密も平気でバラす。
なので、しばらく放っておくだけで、今のやり取りが社内にいい感じに伝わる。貴島は今日、嘘をついてくるぞと。
これで、私が本音を存分に言える舞台が整った。
と、次なる獲物が近寄ってきた。
濃い色のスーツに真っ白なフケをゲレンデ並に積もらせたセクハラ課長。
今日も私の肩に触れながら、キモい話を振ってくる。
「今日はなんだか色気があるね。若く見えるし。
あ、そういえば貴島さんっていくつだっけ?」
今どきこんな話を堂々としてくる人間の気が知れない。
「課長は色気違いですね。女性をつねに嫌らしい目で見てる。
あ、そういえば課長っておいくつでしたっけ?
いい年して恥ずかしくないんですか?」
私の思いがけない口撃に、ポカンとした顔をしている。
豆鉄砲顔、本日2人目!
この課長はセクハラはすごいが、強く言われると弱いタイプである。
「課長、課長。ちなみに今日は4月1日ですからね」
そう言って、私は笑顔でトイレに向かった。
それからも、私の本音は止まらなかった。
自分のミスを棚にあげて偉そうに振る舞う先輩、
私語ばかりで仕事の手を抜く後輩、
優しさアピールに全力を注ぐ同期の男性社員……
普段言えない想いを全て4月1日のせいにしてぶちまける。
「エイプリルフール」という言葉を出すと、相手も怒るに怒れない。
そんなことを本気にしたとなると、器の小さな人間と思われ、
自分が損をするからだ。
言いたいことを言いながら、
多少強引にでも笑顔で終わらすことができるのが、
エイプリルフールの良いところだ。
最初のコメントを投稿しよう!