発 端

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ぼんやりしていると、部屋の奥半分の電気が消えた。 「お疲れさまでした!」 交替で退勤していくメンバー達が明るい声を上げた。大輝と同年代の男女だ。彼らは解放された爽やかな笑顔で、反対側の扉からぞろぞろと出ていった。 大輝は、もし自分にも父親がいて、どこか行きたい学校に入ったりして、適当にバイトなんかしていたら……と想像をする。 ——そしたら俺も、あっち側の世界にいれたのかなぁ。 やるせない気分で、はしゃいだ後ろ姿を見送った。 「なぁなぁ、つってぃー、俺ちょっとタバコ行ってくるわぁ」 振り向くと、すぐ横で漆谷がニコニコと笑っている。 「まだ始まったばっかじゃないですか」 「そうなんだよね、悪いねっ」 彼はへらへらと笑いながら、そそくさと部屋を出ていった。 自称バイトリーダー(47歳)のあの男には、将来の不安など皆無に見える。 仕事が暇な時間になると、大輝はよく、自分の将来について考えていた。 バイトを掛け持ちする生活を続け、朝から晩まで安い時給で働き、いつの間にか歳をとる。その道の先にぼんやりと見えたのは、なぜか漆谷の背中だった。 そんな想像した瞬間、大輝は全身に妙な汗をかいた。それに比べ、自力で努力する青木の行く先には明るい未来が見えるような気がする。 このままでは、どれだけ経っても今以上稼ぐことは出来ないし、ひとりで育ててくれた母親を支えることもできない。そして何より、愛する彼女とこのままずっと一緒にいたい。 やはり現状をどうにかしなければ……と漠然とした焦りを感じるばかりだった。 「いやぁ~今日も暇だなぁ」 気が付くと、隣に漆谷が戻っていた。そのまん丸の体を乗せる椅子が、苦しそうにキーキーと鳴いている。 「早かったですね」 「あぁ、ションベンしてきただけだから」 目を合わさずに笑う彼の体は、十分にタバコの匂いをまとっている。後輩にチクリと言われてしまったから、トイレと言い訳ができるように急いで吸ってきたのだろう。その肝の小ささに大輝は少し呆れる。 「あ、そーいや彼女元気? みさきちゃん、だっけ?」 「うっ」 元気かどうかを聞かれると少し気まずい。暇つぶしに尋ねられた質問は、実は今一番悩んでいる話題で、大輝は鈍い痛みを付近に感じた。 胸に手を当てるその仕草を見て、漆谷は首をかしげる。 「あえ……うまくいってねぇの?」 「あ…いやぁ、その、んんーー……や、何でもないです」 プライベートをわざわざ打ち明ける仲ではない。それに、他人に言ったところでどうしようもない話だ。 「えぇ〜なんだよ。まぁいいけど」 さっぱりとした返事に大輝は苦笑いをした。彼はすぐにスマホを触りだしたかと思うと、ふいに再び振り向き、そして意地悪そうにニヤリと笑った。 「もしかして、フラれた? あ、喧嘩でもしたか?」 「…………」 覗きこむ顔に、無言の返事をした。すると漆谷は黄ばんだ歯を見せ、ぐふっと突然吹き出した。 「そうかそうか! 元気出しなよ! ぃやぁ〜青春だなあ!」 声がでかい。さすがに不愉快だ。 「違いますから! まぁ……全部が…とは…言えません……けど……」 怒った彼女の、傷ついた表情を思い出す。 付き合ってもうすぐ一年になるが、彼女があんなに意見を曲げない事は今までなかったし、ふたりの会話があんなに平行線だった事も初めてだった。 ——もっとたくさん側にいて、もっとちゃんと見ていられれば、美咲はどこにも……。 「なぁにそんな悲しそうな顔してんだよぉ~」 「あ……」 彼女を誰かに取られてしまったような気分なのかもしれない。ふとそう思ったが、感傷に浸るのは違うと思った。今はどうにか、彼女を救い出す方法を考えなければいけないのだ。 大輝は背筋を伸ばし、改めて漆谷を真っ直ぐに見なおす。 「ちょっと、聞くだけ聞いてもらえます? 人生の先輩として」 「おう、なんでも来いよ~」
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