発 端

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春の大型連休が終わり、夜の肌寒さも感じなくなったある日、大輝はカフェの閉店後、表の看板を下げる為に店の外へ出た。すると、前方に見覚えのある人が歩いている。 「あれ、ちゃん? だよね?」 大輝は咄嗟に呼び止めた。足を止めた彼女は一瞬の間が空いた後、すぐに思い出したように目を開いた。 「あ! 美咲の……?」 「うん。久しぶり!」 「……だね」 さほど嬉しくもなさそうな顔で笑った彼女は、美咲の大学の親しい友達だった。よく大輝が学校まで迎えに行っていた頃、美咲の隣にはいつも彼女がいた。何度も顔を合わせているので、大輝にとっても十分に顔見知りだ。 ——そういえば最近、美咲の口からこの子の名前を聞いていない。 なんとなくだが、さくらは少し気まずそうな表情をしている。何故か、胸騒ぎがした。大輝が様子を伺っていると、彼女がためらいがちに口を開く。 「大輝くん…て、まだ……美咲と会ってるの?」 「……え?」 胸にいた小さなモヤモヤが、突然大きく膨らんだ。 「会ってるけど? まぁ、最近お互い忙しくてなかなかなんだけど」 少し真面目な表情で、さくらは小さく頷いた。 「そっか……。美咲、元気?」 不思議な質問だった。 「え? 元気って……学校で会ってないの?」 「あぁ…………」 何かを察したような表情だ。自分の知らない何かを彼女は知っている。そんな気がした。さくらは返事を待つ大輝の顔から一度目を逸らし、少し言い淀むような仕草を見せる。こちらの息が止まりそうだ。 「美咲、なんか……あったの?」 うつむくその顔を見つめ、大輝の胸は不安で埋め尽くされてゆく。思い返せば、一昨日の夜の連絡を最後に、美咲との会話が途切れたままだった。そして顔を上げたさくらは、何かを決意したように小さく頷く。 「うん。あのね、美咲、全然学校来てないの」 「えっ!?」 声を上げると同時に、びゅうっと横から冷たい風が吹き付けた。 大輝は素直に驚いた。美咲は、学業と慈善活動で充実した毎日を送っているのだと思っていた。きっとそれが楽しくて忙しいから、プライベートを後回しにしてしまっている。そして何ならずっと、それにさくらも一緒なのだと思っていた。なのに、最優先のはずの学校に行っていない、と彼女は言う。ならば一体何に忙しくしているのだろう。 美咲の身に一体何が起きているのか、大輝の考えはどこにも及ばず混乱した。 「え、いつから? なんで? え、今は? 美咲は今どこにいるの!?」 慌てた大輝は思わずさくらを問い詰めた。彼女はそれに驚き、控えめに両手を前に出す。 「とりあえず、落ち着いて」 その表情は、大輝と同様に困惑しているようにも見える。 「大輝くん、美咲から聞いてないの? 集会とか、そういう話……」 「あぁ、あれでしょ? インスタで知り合った子達とボランテイアしたり、エスディージーズ?とか、考えたりしてるって」 ——それが何か関係ある? さくらはまた、続きを言いにくそうに目を逸らした。 「んん……と、それ、あれなんだよね。なんかヤバいやつ、っていうか……」 「ヤバいやつ?」 再び声を上げると、さくらは真面目な顔で大きくひとつ、頷いた。 「美咲、宗教ハマっちゃったっぽい」  その言葉に、大輝の口がぽかんと開いた。 言っている意味がわからなかった。『新しくできた友達』と『ボランティア』と『学校に行っていない』事と、それと『宗教』……。何がどうして繋がるのかが、すぐには理解できなかった。 「…………どゆこと?」  そして、頭の中は真っ白になった。   「あ~~そゆことか~~っ!」 黙って話を聞いていた漆谷は、勢いよく手の平をデスクに叩きつけた。 「あ、すぐわかるんですね」 大輝は少し意外だった。 「そんなん昔からある常套手段だよ~」 「そうなんすか」 「今時はSNS(えすねーす)なんだなぁ、なるほどなぁ~」 肉のついた顎をさすりながら、漆谷は遠くを見た。その表情は何故かどこか懐かしそうに見える。 「ぃや、そんな呑気に言ってる場合じゃないんですよぉ。もう心配で心配で……もし変なことに巻き込まれたりしたら……」 自らの考えにゾッとして、それ以上言葉を続けることができなかった。
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