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再 起
「おはようございます」
「あいおはよ~」
大輝が出勤すると、漆谷はいつものようにスマホを片手に、ズルズルと音をたてて缶コーヒーを啜っていた。
「あれ、青木さんは?」
「明日模試だから休みだよ」
「そっか」
「なぁこれ見ろよ。石久保の奴、相当やりたい放題してらぁ」
出勤早々漆谷が差し出したスマホには、雲の上新生会の事件を追った記事が表示されていた。
あれから一ヶ月が経った今も、次々と教団の実態が暴かれニュースは後を絶たない。
「はぁー……もう思い出したくない」
大輝は深いため息を吐きながら椅子に座った。
事件のショックは大きかった。中田の死は防げたのではと考えると、心がひどく痛む。警察での事情聴取も、特に何をされたわけでもないがとても怖かった。
ニュースで報じる限り、全ての主犯は石久保だった。
彼は一年前から、大麻を混入させてパンを作るよう一部の職員に指示をしていた。
今回の儀式の前日、調理担当の女性に「薬草が足りなくなった」と言われ、替わりに覚醒剤を使用するように指示をしたのも石久保だ。覚醒剤は、もしもの時の為に置いてあっただけで、常用するつもりは無かったと彼は供述した。
調理の女性は、初めて使う食材の分量が分からず、念の為にと多めに入れた。それは致死量とまではいかなかったものの、初めてそれを摂取する信者たちには十分に多量摂取となる量だった。
そして違法薬物の取引以外にも、石久保には更にいくつかの容疑が浮上した。
出家信者への脅迫や、脱会希望者への監禁、暴行も証言されている。そして今日、漆谷が見ていた記事には脱税の疑いが取り上げられていた。
教祖は全てを否定している。一切は石久保の独断で、彼女は何も知らなかったの一点張りだ。
その証言通り、彼女には何も指示をした証拠や証言はない。「人を助けたいだけ」「真理を教えるだけ」「それが私の使命」……。それ以上彼女は何も語らないのだという。
佐々木はというと、大麻の存在は知らされていなかったものの、薬物の可能性を考えた事はある、けれどそれは敢えて確認はしなかった。と供述をした。
しかしそれも、教祖の指示なら何か意味があるはずだと肯定している。そして彼には、石久保から厳しく信者の獲得を迫られていた被害が確認されたが、それも教義の為だと受け入れているそうだ。
大輝は、人を信じられなくなりそうだった。
それぞれは果たして真実を言っているのか、それも追求しにくいとニュースキャスターは言う。そして専門家は語る。
『おそらく解散命令は出るでしょう。死者まで出してますからねぇ。しかしそうなっても、彼らは名前を変えて活動を続けると思いますよ。こんな事件があっても信者は大勢残っていますから。みんな心から教えを信じてますよ、だから簡単にそれを辞められないんです。間違っているのは社会の方だと思ってしまう。これはですねぇ、非常に難しい問題で、多額の献金までさせていても、それも本人の自由だと言われてしまえば、国家はその権利を奪ってはいけないものになるんです。まぁ今回はですね、この教団はつい最近できたもので、どこかと違って政治とのつながりは薄いのでね——』
大輝はその言葉に唖然とした。
こうなってもなお、沢山の人があの場所に留まり続け、教祖を信じたままでいる。
晴れない心のまま、パソコンの電源を付けた。すると、ポケットのスマホが鳴った。美咲からのメッセージだった。
〈お母さん喜んでたよ〉
〈ありがとう〉
大輝の母親がどこかから大量にリンゴを買ってきたので、お裾分けで美咲の実家に送ったのだ。
「おっ。みさきちゃんから?」
漆谷がスマホを覗き込もうとする。大輝は肘を張り出し防御した。
「つってぃーも一途よなぁ。諦め悪いっつーか。しっかりフラれてんのに」
「その話、やめてくれません? 俺アレ無かったことしてるから」
「いやいやいや~…アレは忘れられねえなぁ! つってぃーが酔って泣くタイプだとはなぁ~」
「やめろっ!」
美咲は、あれからすぐに大学を休学し、実家に戻った。
彼女にとっても事件のショックはかなり大きかったようで、今はゆっくりと教団について考え直し、少しずつ自分と向き合い始めている。と彼女の母親が教えてくれた。
漆谷の言う通り、大輝はまだ美咲を諦めていない。
彼女はもう一度振り向いてくれる、大輝はそう信じていた。
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