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「オレ、空のこと好きなんだ」
そんな告白を受けてなおこの嘘を突き通すことはできなかった。
「あのね夏海、わたし──、いや、俺さ」
ウィッグを外して短い髪を彼に見せる。夏海は何も言わずに立ち尽くした。そりゃそうだよな。ずっと女だと思って恋をしてきた相手にいきなり男だと告げられたのだ。どれだけのショック、そして裏切られたかのような絶望を与えてしまっただろう。首元を掠める冷たい風に不安が膨らんでいく。
街中を女装して歩く。この世のどこにも存在しない人間として振る舞えるのは楽だった。街中でなんて誰も俺を俺として見ていないことくらいはわかっている。それでも誰との繋がりもない自分として過ごす毎日はずっと息がしやすい。何に対してかはわからないが多少の罪悪感はあった。それでも外出時にはいつも女と化した。
そんなある日夏海に出会った。彼の優しい笑顔に導かれるかのように思わず声をかけてしまった。自分ではない自分だからこそできたことだと思う。その後も放課後や休日に会うようになった。彼はいつも楽しそうに俺と過ごしてくれた。
それは、俺が女だったからだろうか。夏海ならありのままの俺のことも受け入れてくれるかもしれないなんて考えたこともある。でも怖くて本当のことなど言えなかった。ずっと騙してきた罪もある。この幸せな日々を失いたくない。どんなに自分を偽ってでも。
だがもう限界だ。これ以上踏み込んだ関係へは嘘をついたまま進めない。
「ほんとにごめん。俺は男なんだ」
彼はどんな顔をしているだろう。怒ってる? 呆れてる? 悲しんでいる?
しかし、
「ハハっ、やっぱりオレら、気が合うのかもね」
夏海はなぜか照れくさそうに笑っていた。
「実はオレも同じ嘘考えてきたんだよ」
その言葉に今日が四月一日であったと思い出す。
俺の自白は嘘だと流された。ほっと落ち着きそうになる心の中を黒いモヤが駆け回る。本当にこれでいいのか。このまま笑って終わってしまえることなのか。
「俺──」
「実はさ、」
本当なんだと言おうとする俺の声に夏海の言葉が重なる。
「私、女の子だったんだ」
夏海の顔に沿ってサラサラと長い髪が垂れてゆく。夏海はいつもの髪型のウィッグを手にしてはにかんでいた。
「どう? ビックリした?」
そう問いかける夏海の瞳にイタズラっぽさはなかった。真剣で、不安げで、今にも泣き出してしまいそうな表情。
「ああ、たしかにすごく驚いた」
「これは、ついちゃいけない嘘だと思う?」
「そんなことないよ、きっと。どんな姿だって、夏海は夏海なんだから」
「おはよう、夏海」
「待たせてごめんね」
「全然平気、俺も今来たところだから」
「洋服選んでたら時間かかっちゃった」
「うん、すごく可愛いよ」
「空もとってもカッコいい」
四月二日。
エイプリルフールは終わった。
俺はもう君に嘘なんて吐かない。
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