第一話 千人斬りと可愛い妹

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第一話 千人斬りと可愛い妹

「俺、千人斬りするわ」  昼休みの教室。五味(ごみ)秀一(しゅういち)は、周囲の面々に宣言した。  一緒に昼食を食べているのは、クラスの親しい男子生徒達。  北海道立豊平(とよひら)高校。その一年。冬休みの二週間前。 「出たよ、ヤリチン発言」  周囲にいる男子の一人――川村(かわむら)が、声を上げて笑った。  川村には恋人がいる。その彼女も、五味が寝た女の一人だった。川村と付き合う前のことではない。つい三週間ほど前の話だ。もちろん川村は、その事実を知らない。  ――自分はスタイルがよく、顔もいい。  五味がそう自覚し始めたのは、小学校六年の頃だった。きっかけは、近所に住む顔見知りの女子高生に声をかけられたこと。 「私と一緒に遊ばない?」  彼女の家に行って、散々下品な話をした。二度目に遊びに行ったとき、彼女と寝た。彼女は、初めて女を知った五味を、楽しそうに眺めていた。  女と寝る。その快楽を知り、同時に自分の魅力にも気付いた。五味は、歯止めが利かなくなった。  中学生になると、次々と女を口説いた。五味の誘いに乗らない女も、少なからずいた。しかし、いわゆるカースト上位の女達は、耳触りのいい言葉と甘い囁きで、簡単に落ちた。ルックスのいい五味に口説かれたことが、彼女達のステータスにもなっていたのだろう。  中学時代だけで、五味の経験人数は四十人を超えた。  セックスは楽しいし、気持ちいい。しかも、自分はモテる。だったら、できるだけたくさんの女とセックスをしたい。いっそのこと、寝た女の数を大台に乗せたい。  大台といえば、百人か? いや。それくらいは簡単に達成できる。中学のときだけで四十二人と寝た。高校に入ってからも、すでに十八人と寝ている。合計で六十人。百人まで、あとたったの四十人だ。  それなら、さらに大台を目指そう。百人程度じゃなく、千人だ。  自分の目標を、昼休み中の教室で高らかに宣言した。五味の周囲の男子は、大笑いしていた。 「お前らしいな」 「クズ野郎だな」  口々に、楽しそうに言う面々。いわゆる、クラスカースト上位の男子勢。もちろん、みんな彼女がいる。その半数は、五味とすでに寝ているのだが。 「でもよ、五味。学校中の女とヤッたとしても、千人になんてならねぇぞ? どうすんだ?」  真面目な質問ではない。あくまで、五味を茶化す質問。  五味は鼻で笑った。 「女は、学校の外にだっているだろ。よその学校にだっているし、コンビニとかの、店の店員もいるし」 「ナンパかよ」 「当たり前だろ」 「ヤッた後はどうすんだよ?」 「別に。俺は、好きだとか可愛いとかは言うけど、付き合ってくれなんて言わねぇし」 「ほとんど詐欺じゃねぇか」  また、五味の周囲の男子達は大笑いした。  昼休み終了のチャイムが鳴った。  ◆  富井(とみい)京也(きょうや)の両親が離婚したのは、京也自身が小学校四年のとき。妹の麻衣(まい)が三年生のときだった。  二人は、両親の離婚によって引き離された。京也は父と、麻衣は母と暮らすことになった。とはいえ、生活の距離が大きく離れたわけではない。  地下鉄が走る、北海道の大都市。家を出て行ったのは、母と麻衣。離婚後の両親の家は、地下鉄駅で三駅ほどしか離れていなかった。  その頃、京也は、少年野球のリトルリーグに所属していた。四年生にして、一番セカンド。ボールコントロールの良さと足の速さは、同じチームの誰よりも優れていた。  京也と麻衣は、仲のいい兄妹だった。京也の試合のとき、麻衣は必ず応援に駆けつけた。試合以外のときも、二人は頻繁に会っていた。京也に手紙を書いてくれたこともあった。麻衣の書く字は、小学生とは思えないほど綺麗だった。  仲が(こじ)れて別れた両親も、二人が会うことを止めはしなかった。  二人の間に距離ができたのは、京也が中学生になった頃だった。  父の会社が倒産した。  京也は所属していた野球部を辞め、新聞配達のアルバイトを始めた。家計を助けるために。朝刊と夕刊の配達。  早朝三時半に起床して、新聞を配りに家を出る。帰宅したら学校。放課後は、午後四時半から夕刊を配る。六時過ぎに帰宅し、パートを掛け持ちしている父に代わって家事をする。次の日の朝刊配達に備えて、午後九時半には布団に入る。  当然、麻衣と会う時間の確保は難しくなっていった。  以前は、毎週土日のどちらか、もしくは両方とも会っていた。京也が新聞配達を始めてから、会う頻度はどんどん減っていった。  毎週から、毎月へ。毎月から、二ヶ月に一回へ。二ヶ月も会わないと、連絡するのも気まずくなり。  気が付くと、疎遠になっていた。  父の再就職が決まり、京也は、アルバイトをする必要がなくなった。それでも京也は、新聞配達のアルバイトを辞めなかった。  豊平高校へ進学しても、野球は再開しなかった。持ち前の俊足やボールコントロールは健在だったが、それよりも、家計を助けることを優先した。  その頃には、もう、麻衣と会うことはなくなっていた。  会わなくても別にいい、なんて存在ではないのに。今でも、妹のことが可愛いのに。ただ、今さら連絡するのが気まずかった。  昔みたいに、仲睦まじい兄妹に戻りたいのに。
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