明け六つシンデレラ

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満天橋東詰交番へ「すぐそこで人が寝ている」と通りがかりの人が教えてくれたのは、午前0時を回った頃だった。 交番勤務の笹見恵介巡査は、「パトロール中」という札を掛け、徒歩で一分ほどの、通報のあった橋の袂付近へ向かった。 見るとスーツ姿の若いサラリーマンが仰向けで転がっている。その体は歩道と車道の境目にあり、膝から下を車道に投げ出していた。 笹見巡査はひとまずその男の足を歩道に上げ声をかけてみた。酔っているのか寝ぼけているのかわからないが、起き上がってウンウンと話を聞いている。 よく諭して、気を付けて帰るように、と告げるとスーツの男は、ツン、と笹見巡査の袖をつまんだ。 「俺んち、どこですか」 やっぱり酔ってるようだ。 「ひとまず、交番行きましょうか」 笹見巡査は男を連れて戻った。 かなり酔っているのか今にも倒れそうなため、仕方なく奥の休憩スペースのソファへおろした。 丸椅子をもって近くに座り、形程度の聞き取りを行う。 聞けば知人と飲んだあと喧嘩別れをして、今自分がどこにいるかわかっていない、ということらしい。 幸い身分証明書から名前と住所は判明した。 近藤 頼親 24歳 (ん、より、ちか?なんか平安ぽいなぁ) 「名前、言えますか?」 「こんどぉ、よ、り、ち、か、にじゅうよんさいです」 「はーい、よくできました」 自分と同い年のその男の家は、ここから一駅ほどの場所にあった。 タクシーで帰れるだろうと思い、記録や手続きのため筆記具を用意していると、だんだんと正気を取り戻したのか、男はムクリと起きた。 「ねえ、おまわりさんの名前、なんていうの」 「笹見といいます」 「フルネーム」 「ささみ、け、い、す、け、です」 「けいすけ。へぇ。やっぱ、そうかぁ」 その男、近藤頼親は、笹見恵介をまじまじと見て言った。 恵介は口をポッカリと開けたまま理由がわからず止まっている。 (こいつ、やべーやつか?) 「満天橋西中学校、3年1組笹見恵介、だろ?卒業式の前日、あの、図書室でのことは忘れたのか」 瞬間、ザザザー、と草原を走る嵐のように、その時の記憶が蘇り、恵介の体を駆け抜けていった。 中学3年のとき、図書室でときどき顔を合わせる学年もクラスも名前もわからぬ男子がいた。それが近藤頼親だった。 中学最後の日、図書室の奥で、二人は隠れて唇を合わせた。 恵介がハッとして頼親の顔を見ると、あのときと同じように頼親は恵介の唇をふさいだ。 あの日の図書室を思い出し、ひとしきり二人は合わさった。しかし図書室にいた少年の頃の彼らはもうそこにはいない。 は、ぁ、んん、ねぇ、あ、おま、え、俺の、んぁ、は、こと、忘れてた、んはぁ、あ、でしょ、ぅあ、はぁ、あ、ん うん。ぁ、だって、はぁ、あ、あれは、夢だった、んぁ、って思って、ぁふ、んぁ、ん、だ、から、あっ、は、ぁぁ 「・・はぁ、はぁ・・それに、名前も、学年も、知らなかった」 「俺は、卒業証書授与の時、名前を知った。卒アル見てずっと撫でてたら、お前んとこだけハゲたぜ」 「なにそれ。僕は、卒アル捨てたよ。中学は嫌いだったから。なんだ、捨てなきゃよかった。君、いたんだねあの中に」 「ああ、笹見恵介、やっと見つけた、俺の初恋」 頼親はまた、恵介を引き寄せる。 「ね、こっちおいで」 「だーめ。こーむしっこーぼーがい、です」 ん、ぁ 深夜一時少し前、満点橋東詰交番は、未だ「パトロール中」の札がかけてある。 End 仕事、しろ。
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