20代の僕ら・味付けはやや濃いめで

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20代の僕ら・味付けはやや濃いめで

とある週末。 時刻は20時を回っている。 大学から一人暮らしを始めて、もうすぐ三年目。 就活と言う足音が目前に迫っているが、バイトが好きで勉学が疎かになっている今日この頃。 ワンルームには、やや大きめのベッドに寝転がりながら、洋輔(ようすけ)はスマホを操作していた。 そんな時である。 画面が突然切り替わり、知った名が表示された。電話だ。 (来たよ…) 大き目な溜息を吐きながら、洋輔は電話に出る。 「もしもーし。洋輔、今から遊びに行っていい?」 やたらテンションの高い声が耳に飛び込んで来た。 こちらの事などお構いなしに。 「お前。その感じだと、また、僕の家でご飯済ませる気でしょ?」 「な、なんで分かるのさ!」 「何年ツるんでると思ってる? お前の考えくらい、お見通しだ。匠海(たくみ)」 「ううぅ」 まるで野良犬が唸る様な声が聞こえて来た。 「…ハァ。分かったよ。簡単なもので良ければ、飯、出してやるよ」 「ホント!? わーい!」 明らかに小躍りしているであろう彼の姿が思い浮かんだので、思わず洋輔は吹き出しそうになった。 「で? お前、今、ドコに居るんだ?」 電話の向こうではやたらと電車が行き交う音がこだましている。 「吉祥寺駅だけど?」 「ハ? ストーカーかよ!」 洋輔は駅から歩いて数分の所に部屋を借りているので、この電話は最早、確信犯だと思えた。 まんまと騙された。悔しい。 「人聞きの悪い。たまたま中野に買い物に行った帰りだし」 「ホントかよ」 「今から走って行くからさ。美味しい飯、期待してるよ」 それからすぐ、乱雑に電話は切れた。 「全く。人がせっかくのんびりしていたのに…」 だけど、それ以上に匠海と同じ空間に居られると考えただけで、どうしようもなく嬉しいと感じていた。 悔しいけれど、自分は匠海の事が好きらしい。 まだ、この気持ちを伝えては居ない。 中学生の時からずっと秘めたまま、もう7年になる。 毎日が過ぎて行く度に、彼への想いはどんどんと募り高まって行く。 いつか勇気をもって気持ちを伝え、もし不発に終わってしまい、今の関係性が壊れてしまったらどうしよう。 それは、どんなホラー映画よりも怖い事だし考えたくもない。 このせめぎ合いを彼はずっと続けているのだ。 (いけない。今はそんな事より!) さっさと部屋を片付けて、洋輔は身支度を整える。 一応、家とは言え、彼に恥ずかしくない格好で出迎えたい。 馬鹿にされるのだけは耐えられないから。 それから十分後。 まるで取り立てでも来たのかと思うくらい、激しくドアを叩く音が聞こえた。 「五月蠅い! 近所迷惑だ」 洋輔がしかめ面で玄関のドアを開くと同時に、唐突に冷たい何かが顔に押し当てられたのだ。 「つめたッ!」 「ハハハ。引っ掛かった!」 そこには冷えた発泡酒の缶を持ったまま、悪そうな笑みを見せている匠海の姿があった。 完全に出鼻を挫かれた。再び悔しいと思った。 「お邪魔ついでに買って来たんだー。一緒に呑もうぜ」 その屈託のない笑顔を見た瞬間、洋輔の先程までの怒りに似た気持ちは何処かへ吹き飛んでいた。 21時近くなのに太陽のような眩しさを孕んでいた。 「う、うん…」 そのままグイグイと、匠海は洋輔の家へとまさしく転がり込んできた。 玄関のすぐ近くにはキッチンがあり、狭い廊下を経て居住スペースと繋がっている。すでに、一口だけのIHコンロに置かれた鍋からは空腹を刺激する匂いが漂っていた。 洋輔はテキパキとまな板で何かの材料を切っている中、匠海は小さなテーブルにお財布に優しいお酒たちを並べていた。 「凄く、良い匂いがするけど、何を作ってるの?」 「チーズとトマトのリゾット。フライパンで作れる奴ね。一応、僕もなので。お金に余裕がないんですよ?」 少し圧のある言葉に、流石の匠海も身を引いてしまった。 「そう言うなよ。一応、毎回悪いとは思ってる」 「フッ。冗談だよ。と言うか、今、一応って言った?」 「気のせい、気のせい」 そんな他愛のない話をしながらも、洋輔は手を進める。 「ホント、洋輔って何やらせても器用だよな」 「うわっ!」 料理に気を向け過ぎてしまい、隣に匠海が居る事に気が付かなった。 やたら耳に残る声が余計に彼を慌てさせる。 「そんなに驚く事?」 「む、向こうで待ってろよ」 「良いじゃん! 料理出来るところ、みたいし」 ニコニコしながらこちらを見つめて来る匠海。 内心、洋輔は彼の声と匂いが交じり合って、この空間に漂っていると考えただけで、胸が苦しくなる感覚に陥っていた。 嬉しいと身体が勝手に弾んでしまう。ホントはもっと近くで、触れてみたいと思っているなんて口が裂けても言えないけれど、今は手の届く所に彼が居るだけで満足だ。 料理も佳境を迎えていた。 「仕上げは、っと…」 洋輔はつま先立ちになって、戸棚の奥の方に普段置いてある、緑色の瓶を取り出した。 「何それ?」 「自家製調味料。作り方は教えないよ?」 怪しげな笑みを浮かべながらそう答えると、流石の匠海も一歩引いた。 「こわっ。マジの目じゃん」 「お前、ヤバい薬か何かと勘違いしてない?」 「瓶の色からしてそう思うよ、普通」 「心配すんな。味は期待して貰って問題ないからさ。ほらほら、もう完成するから向こう戻って!」 「大丈夫かな」 訝しがりながら匠海は居住スペースに置かれた小さなテーブルへと舞い戻って行った。 冷蔵庫脇に引っ掛けてある鍋敷きを目ざとくつかみ取り、熱々のフライパンを持って、洋輔は彼の待つ場所へと小走りで向かう。 「お待たせー。盛り付けは面倒だから、このまま食べちゃおう!」 簡単ながらも、湯気と香り、見た目の色味から自然と唾液が湧き出すような魅力溢れる一皿に仕上がっていた。 「洋輔、これも忘れてるよ」 匠海はスッと彼に少しだけぬるくなった発泡酒を差し出す。 ノールックで手を出してしまったので、彼の手に触れてしまった。 「あっ!」 思わず声が漏れてしまった。 「な、何?」 変な空気が流れだそうとしている。危険だ。 「何でもない。さっ! た、食べよ!」 ちょっとだけ顔を赤らめながら、洋輔は小皿に熱々のリゾットを盛り付けて行く。 「あ、乾杯するの忘れちゃったよ」 そう言って洋輔は笑みを見せながら上手く取り繕って見せた。 「そうだね」 だが、当の匠海は何故か冷静にじっと洋輔の事を見つめていた。 それから二人が落ち着いた頃。 『乾杯!』 お互い、何故か長い夜になりそうだと考えながらも、彼らの元気な声が部屋に響いた。 溶けだしたチーズにトマトの清涼感が混ざった一品と、ちょっとしたお酒、気心知れた間柄だから話せる無限の会話が織りなすハーモニーは、永遠に続いて欲しいと思える程、優雅で心地よいものであった。 (やっぱり今日、来てよかった) 匠海はそんな事を考えながら、洋輔のもてなしに預かるのだった。
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