0人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
すすり泣く声で寺が覆われている。
小野崎美幸(おのざき みゆき)享年37歳、死因は癌。
少しの異変で検査を受けたら進行していて、余命1ヶ月。
あっという間だった。
1人息子として可愛がられていた僕は、放心して涙が出ない。
現実を受け止め切れないまま、父と忙しく葬儀の手配をした。
僕は両親が高3のときにできた子で、出産は高校を卒業してから。
母が17歳のときだから、ちょうど二十歳になっている。
母側の親と親戚が協力してくれて出産と子育てができたそうだが
父側の両親と親戚は見捨てた。
『うちの息子の子ではありません』と、認めなかった。
だから葬儀にも父側の縁の者は1人も来ていない。
ようやく無事に大学生になり親孝行ができると思ったのに。
好きなことをやらせてくれて感謝しても足りなかったのに。
僕には悔いと呆然しか無かったが、父は悲しくも微笑していた。
「美幸、何もかも楽しかったと、いまは思えるよ」
と、眠るような遺体に語りかけていた。
そして棺の中にタバコを一本、入れた。
「俺の匂いに向こうでも包まれていて欲しい」
と......。
最初のコメントを投稿しよう!