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まるで、支えもなく綱の上を歩くような不安定な毎日が続いていた、そんなある日の夜。珍しく夫の方から話しかけられた私は、なんとか動揺を押し隠し、笑顔で答えた。
「なんでしょう?」
「……あなたの弟君に叱られました」
「え?」
意味が分からず、私はまじまじと彼を見つめる。弟はふたりいるが、上の弟はどちらかというといつも誰かを怒らせる方だし、下の弟は夫と楽しそうに遊んでいるし、何よりうんと年上の男性を叱るなど想像もつかない。
「弟はどちらも、あなたを叱るような子ではないと思いますが……」
戸惑う私に、彼は少し困ったように笑った。
「実は、どちらからも」
「まあ、本当に?」
「はい。言い方は違いますが、こんなような事を言われました。結婚してから姉様は、笑顔が作り物のようになってしまった、お前は何をしているんだ……と」
弟たちがそんな事を言うとは、にわかには信じがたかった。だって私は、自分が常に心からの笑顔を装えていると信じて疑わなかった。でも、弟たちはそれを見抜いていたというのか。
「作り物……ですか」
「俺には全く分かりませんでした。ですが、ずっと近くにいた弟君が言うならそうなのでしょう。……俺の、せいですか」
「そんな……あなたのせいでは……」
否定する言葉を口にしても、心がこもっていないのが自分でも良く分かる。それは彼にも伝わってしまったようで、彼の表情は困惑に満ちている。
「人目のある場でだけでも夫としての責務を全うしようと思っていましたが、あなたにはそれさえも苦痛だったと?」
「……え?」
なぜそんな事を言われるのか私は理解できなかった。私が彼との結婚自体を苦痛と思った事などないし、それどころか、良き夫婦となる事を信じて疑っていなかった。
私が苦しいのは、よりによって夫がそれを否定するような態度だったからだ。それなのに彼は、私が彼を嫌っているからこうなっていると思っている。
「そんな……それは、あなたの方でしょう?」
私の心の中に、初めて、怒りという名の火がついた。
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