まひるのシンデレラ

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 ぱちりと目を開くと、そこにはまひるがいた。  飽き飽きするほどに見慣れた、けれど泣きたくなるほど懐かしい笑顔で、楽しそうに俺をのぞき込んでいる。  状況を飲み込むためにまひるを数秒見つめた俺は、再び目を閉じた。布団をしっかり掴んで寝返りを打つ。 「夢だな」 「こら、夢じゃないから起きなさい!」  夢の中でさらに眠ろうとする俺の相棒は、暴君の手によって儚いまでにあっけなく剝ぎ取られてしまった。  ついでとばかりに開かれたカーテンから、容赦なく朝日が射し込んでくる。  その眩しさがうっとうしくて、俺は往生際悪く枕にうつぶせた。  布団を失ったぶん少々肌寒いが、この暗さなら眠れる。夢の中で眠る、というのもおかしな話だが。 「こらだから寝るなって、ほら起きろ!」 「うるせぇ~……」 「優斗が起きないから悪いんでしょ。ほらほら体を起こせ日を浴びろ」 「浴びてるよ。つーか浴びさせられてるよ」  しつこい幼馴染に辟易しながら、しぶしぶ身を起こす。  日光が目を直撃して、思わず顔をそむけた。  そうしてそむけた先にはやはりまひるがいて、俺はこれ以上ないくらい思い切り表情を歪める。  すると彼女は途端にふくれっ面になった。 「なによその反応。せっかく会いに来てあげたのに」 「別に頼んでねぇし」 「あー、またそんなこと言って。ほんとに可愛くないんだから!」 「可愛くなくて結構だっつーの」  ぐしゃりと前髪をかき上げながら悪態をつく。  もう残り少ない春休み、思うぞんぶん惰眠を貪ってやろうと企んでいたのに邪魔されてしまった。  一度、まひるをまじまじと観察してみる。  最後に見たときと全く変わらない姿。  どこかが透けているだとか、存在感が薄いだとか、そんなこともない。  当のまひるは何を勘違いしたのか、俺の気も知らずに「なにジロジロ見てんのよ」などと顔を赤らめている。  こみ上げるため息を遠慮なく吐き出して、俺はまひるに向き直った。 「お前、なんでこんなとこにいんだよ」 「だって今日はエイプリルフールだもの。こんなドッキリがあっても悪くないでしょう?」 「あのな」 「それに、優斗ってば、最後会いに来てくれなかったじゃない」  少し寂しそうな声音に、続けるはずだった言葉を奪われる。  恨みごとのようなことを言っているくせに、まひるはどこまでも寂しそうなだけだった。  気まずさに視線を落とす。罪悪感と後悔が喉のすぐそこまでせりあがってきていた。  言い訳すら口にできない俺に、まひるが仕方なさそうに微笑む。子供のわがままに答えてやるような、そんな微笑。 「ま、いいわよ。過ぎたことだしね。優斗の気持ちが分からないわけじゃないし」 「まひる」 「ほら、辛気臭い顔やめて! ただでさえ暗いのに、そんな顔してたらほぼ殺人鬼よ」 「んだとテメェ」  思わず呼びかけたときの切なさは、次に続けられた暴言にあっけなく霧散した。  普段の調子を取り戻す俺に、まひるはころころ笑う。 「あははは、いいから早く支度してよ。ぼへっとしてる時間ないわよ。一緒にいられるの、今日の午前中だけなんだから」 「分かったよ、いいから出てけ。お前がいたら着替えるものも着替えられねぇ」 「今更そんなの気にするの?」 「俺はセンサイなんだよ」  ぶっきらぼうに吐き捨てると、まひるの笑い声がいっそう大きくなった。  笑い事じゃねぇよ、色々と。  ぎろりと睨みつける俺に、まひるは降参するかのように両手を挙げて部屋を出て行った。最後まで笑みをひっこめることなく楽しげだった。  ようやく一人になってホッと息を吐きだす。  とたん体のこわばりが解けて、俺はぐったりと突っ伏した。 「……なんつー夢だ」  いくらなんでも、これは女々しすぎる。  見送りにも行かなかった分際で、まひるがいつものように俺を起こす夢を見るなんて。 「あー……」と意味のない呻き声をあげてどうにか現状を飲み込もうとしていると、扉がノックされる。  まひるだ。 「ねぇ、優斗まだー? いつも五分で終わるくせに」 「っだー、もうちょい待て!」  彼女の催促に怒鳴り声を返し、俺はまた深々とため息をついた。  ふと窓に映った自分の顔が目に入る。ひどい顔だ。  こんなありさまをたとえ夢でもまひるに見られたのだと思うと、自己嫌悪に吐き気すら覚える。 「やってらんねぇ」
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