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のそのそと支度を終えて部屋を出ると、まひるはすっかり膨れていた。
「もう、優斗おそ~い!」
「へいへい、悪うございました」
「遅いからおしゃれでもしてるのかなって思ったらそうでもないし」
「失礼だな、めちゃくちゃおしゃれだろうが」
「いつも通りにしか見えないわよ」
何度くり返したかも分からない会話をしながら階段を降りる。
親父もおふくろも仕事に出たあとで、リビングには誰もいなかった。
「……いや、夢だからか?」
「え? なに言ってんの」
「なんでもねぇよ」
耳ざといまひるに首を振り、玄関を出る。
空の色も、風の感触も、とても夢だとは思えないほどリアルだった。
直に浴びる太陽の眩しさに目を細める。
「で、どこ行くんだよ」
「えっ」
まひるがすっとんきょうな声をあげる。
まさかと思って振り向くと、彼女は気まずそうに笑ってみせた。
「ぜんっぜん決めてない」
「決めとけよ」
夢の中でさえまひるは適当なやつらしい。
じっとりと半目になる俺。
まひるは拗ねたようにぷいとそっぽを向いた。
「しっ、仕方ないでしょ。……最後に優斗といれればそれで良かったんだもん」
どきん、とひときわ強く心臓が脈打つ。
とっさに何かを言いかける俺を遮るように、まひるが不自然なほど明るい声を出した。
「あっ、そうだ、公園行こうよ公園。ちっちゃいころよく遊んだじゃない。あそこ!」
「お、おう。そうするか」
圧におされて、俺は何度もこくこく頷く。
互いに「行こう行こう」とロボットのように繰り返して、俺たちは歩き出した。
奇妙な沈黙が落ちている。
普段通りならまひるとの沈黙に息苦しさなど感じもしないのに今日はやけに気になった。
「なぁ」
「……」
「おいって」
「…………」
何度か呼びかけてみたが、こんな空気を生み出した張本人であるまひるには答える余裕もないらしい。全て無視されてしまった。
ちらりと盗み見た横顔は赤らんでいて、声のかけかたを見失う。
結局そのまま無言で公園まで歩くことになった。
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