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辿り着いたそこは、記憶よりもずっと寂れてしまっていて、やけに小さく見えた。
何かを確認するようにキョロキョロしていたまひるが、安心したように胸を撫で下ろす。
「よかった、誰もいない」
「ま、近くにデカい公園出来たしな。みんなそっち行くだろ。てか誰かいたら困んの?」
「だって、優斗がおかしな人だと思われちゃう」
「どういう意味だよ」
眉間にしわを寄せる俺に、まひるは答えなかった。
公園の中央に建てられた柱時計を見上げてかすかに息をつく。
それは諦めの吐息にも、安堵のため息にも聞こえた。
つられて俺も時計を見る。もう十一時半を回っていた。
「ね、優斗おぼえてる? 昔、私が時計の鐘にびっくりして泣いちゃったの」
「あー、んなこともあったな」
この公園の時計は、昼の十二時と夕方の五時にそれぞれ鐘を鳴らす。
まひるは幼い頃、その音の大きさに驚いて大泣きしたことがあった。
それを必死になだめたのは一緒に公園に来ていた俺だったわけだが……
「あんときはほんっと大変だった」
「ちょっと遠い目しないでよ!」
思い返すだけで疲れてしまって、俺はため息をついた。
そんな俺にまひるは頬を膨らませる。
しかし、すぐ空気を吐き出すとまた時計を見上げた。懐かしげで、どこか愛おしそうな顔。
「あのときさ、優斗が『泣いてるより笑ってるほうが可愛いぞ』って言ってくれたの、すごい嬉しかった」
「……んなこと言ったか?」
「言ったわよ。どうせ忘れてないくせにシラ切らないの」
「うっせーな、お前はとっととそんなくだらないこと忘れろ」
「やだ。ほんとに嬉しかったんだから」
べ、と舌を出したあと、まひるは本当に嬉しそうに頬を緩めた。
毒気を抜かれて、頭をかく。
「夢でもお前はお前だな」
悪態をつくのと同じような調子で呟くと、まひるの目が細められた。
眉をひそめて、唇を尖らせる。
「どういう意味よ。ていうか、まだ夢だと思ってるの?」
「そりゃ当たり前だろ。現実ならなんでお前がいるんだよ」
「……もー、知ってる? 優斗。自分が夢だって分かってる夢ってね、明晰夢って言うんだって。そういうのって自分で起きられるらしいわよ。本当に夢だと思ってるならやってみたら」
試すような口調に、今度は俺が眉をひそめた。
どんな顔をすればいいか分からなくなって、そっぽを向く。
「やだね」
「なんでよ」
「ほんとに覚めたら困る」
まひるが息をのむ音が、やけにはっきりと聞こえた。
そっちを向くのが気まずくて、俺は当てもなくふらふらと公園内を歩き出す。
「ちょっと優斗、」
「あーうるせぇうるせぇ、黙ってろ」
「横暴!」
わめくまひるを適当にあしらう。まひるもそれ以上は突っかかってこなかった。
道中とは違い、ぽつぽつとする必要もないような、明日どころか三十分もすれば忘れるようなとりとめのない会話を交わす。
慣れきったその空気感が懐かしくて、鼻の奥がツンと痛くなった。
鼻の下をゴシゴシ擦ってせり上がってきたものをごまかす。
そのとき、「あ、」と小さな声が聞こえた。
何気なくまひるを見る。
息が止まった。
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