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:三月三十一日 二十三時五十分
普段であれば深い闇に包まれるミロク町の夜が今日は疎らに行燈の暖かな光が星屑のように煌めいている。それはそれは幻想的な、いや、本当に幻想を見ているのではなかろうかと思わせるような現実を逸した光景であった。山が、道が、橙色の光に照らされ、美しい。昨日までの鬱憤が全て光に燃やされ、散ってしまったようだ。
「もう、どうでもいいや」
俺はふとそんな言葉を零していた。
「もう、どうでもいい。全て燃やされてしまえ」
こんな町、嫌いだ。古く寂れた、現在誰も使用していない駅。年々子供らの声が減る駄菓子屋、コンビニ。木の腐った神社。あとは、山、山、山。こんな『ど』の付く程に田舎な町が唯一美しく輝くのはこの時期くらいだ。町の者たちは皆、明日の祭りの為に数ヶ月前から準備をしてきたのだ。勿論小さな町にだって年にいくつか祭りやら小さな町おこしのイベントやらが行われるが、皆どこかやる気が感じられない。それに比べ明日催される祭りでは気合いを見せつけてくる。まあ、十年に一度しか開かれないというのもあるのだろうが。初めてこの祭りに参加した時はまだ七歳の頃か。記憶はあるが実際のところどのような屋台やら催しがあったか具体的には覚えていない。神社に大勢の町人が集まっていたのは覚えている。中学生か高校生くらいの少女が綺麗な白い服を着て沢山の人に囲まれていた。祭りで自分が何をしていたかは覚えていない。只断片的に神社での光景だけが今も俺の記憶として残っている。
リィーン……リィーン………
四月一日になったことを告げる神社の鐘の音がした。祭りは夜になってからが本番という感じはするが、十年に一度、今日だけは違う。この一日が特別で、夜と朝で価値が変わるというのはないらしかった。町の人は皆口を揃えてこう言う。
「ミロク様のお通りになられる道を作れ」
どうやらこの町を守る神が十年に一度訪れるからその為の道を作れということのようだ。詳しい事は誰も話してはくれないが、ミロク様の為、ミロク様の為と最近は呪禁を唱えるように言う。俺は特に神を信じたりしないし、かといって完全に信じていない訳でもない。テストで勉強していなかったところが出れば神のせいにするし、天気予報で晴れだと言っていたのに急な土砂降りにあえば神のせいにする。神に感謝はしたことが無い。今日、目が覚めたら何をしよう。こんなに本気で準備を進めてきたんだ。きっと立派な催しでも開かれるだろう。屋台はどこを回ろう。焼きそばかたこ焼きか、焼き鳥もいいな。金魚すくいは餓鬼っぽいか。そもそも誰と回ろうか。そう考えているうちに気がつけば瞼は閉じきっていた。
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