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もしかしたら、夢じゃないかもしれない。
何度耳をすませてみてもそれは伊東の声だったし、何度目を凝らしてみてもその液晶に映るのは伊東、という名前だった。
『三神、眠くなっちゃった?』
やっぱり伊東だ。
伊東と両思いになり付き合うことになる、という素敵な夢を見て、そのあと手を繋いで帰宅して、普通に母と夕食を食べて、父が家に帰ってきて、風呂に入って、それから伊東からメッセージがきた。
『伊東めぐる:もしよかったら、ちょっと電話できない?』
震える指で、一分近くかけてうん、とだけ送ったら、その瞬間電話が鳴り今に至る。もし夢だとしたら、あまりにも長すぎる。
「……いや、大丈夫」
『ほんと? 眠かったら言ってね。なんか、嬉しすぎて、ごめん。好きってずっと言いたくて、だから今日で終わらせたかったの。うじうじ告白できないでいる日々を繰り返すのは』
夢みたいことを伊東は言う。やっぱり夢かもしれない。密かに、本当に密かに好きだったら女子が、実はずっと自分を想っていたなんて、そんなに都合がいいことが夢じゃないはずがないではないか。
「……なんで、僕なんかを、そんなに……」
不意に溢れた疑問。だってそうじゃないか、特に親しかったわけでもないのに、なんで伊東みたいな人気者が僕みたいな何もない奴を、どうしてわざわざ選ぶ?
『……そんな言い方嫌だよ。三神は絶対、絶対……覚えてないと思うけど、ずっと私を励まして、癒して、助けてくれたんだよ。だから私は三神が、好きなんだ』
伊東らしい言い方だった。伊東の言う通り、僕は伊東を励ました記憶も、癒した記憶も、助けた記憶も一切ない。でも、この想いを絞り出すようでいて凛とした声を、僕の妄想で済ますのはなんだか、伊東に失礼なような気がした。
そうさ、もし夢だとしても、今はこの幸福を噛み締めていよう。
「やっぱり夢みたいで信じられないや……。だから明日がきたら……やっと夢じゃない実感が出ると思う」
『……来るよ、明日。三神、明日からよろしくね』
明日、明日が来たら、僕は伊東の「好き」を素直に信じられるはずだ。僕の自己卑下もすぐには治らないから、今はこれが限界だけど。
明日が来れば、きっと。
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