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心の恋人
幼馴染、腐れ縁、親友、確かにそうだけれど。
この関係にもっと他の名前を付けることはできないだろうか。
心の恋人
優斗と直は家が隣同士で、生まれた歳も同じ。
そうなると必然的に二人は仲良くなるわけで、所謂幼馴染そういう関係だった。
どんな時も一緒だった。ボーッとしてどこか頼りない優斗を、しっかり者で世話焼き気質の直はいつも世話を焼いてくれた。
文句を言いながらも優斗の世話を焼き、すぐ弱音を吐く優斗を情けない!と怒りながらも励ましてくれる。笑った顔がとても可愛い直。
そんな直に恋に落ちるのは優斗にとったら当然のことだった。
中学校の頃、優斗の両親が二人とも仕事で家を留守にすることになった時、直が夜ご飯を作りに優斗の家に来てくれたことがあった。
「わースッゲェうまそう〜〜」
目の前の料理に優斗はキラキラと目を輝かせる。
「このぐらい普通だけど......」
ツンと顔を逸らしながらも、直の頬が嬉しそうに赤く染まる。
「いただきま~す」
大きな口で直の手料理を頬張る優斗、それを直が身を乗り出して見つめる。
「めちゃくちゃうまい‼」
直が作ってくれたというだけで嬉しいのに、その上美味しくて優斗は顔を盛大ににやけさせた。
「よかった......」
優斗の反応にホッと息を吐くと、直ははにかむように微笑む。
「っ......」
その直の反応はとてもとても可愛くて。
思わず「好きだ」と声に出しそうになって、優斗は慌てて口を噤んだ。
好きだから直とずっと一緒にいたい、どうやっても失いたくない失えない、だから。
好きだけどその言葉は口にできなかった。
幼馴染、腐れ縁、親友、確かにそうだけれど。
それだけでは抑えきれないこの気持ちも乗せて、この関係に他の名前を付けることはできないだろうか
「さすが直~俺の心の恋人!」
気付いたらそう声に出していた。
『心の恋人』
思わず零れ落ちた言葉に優斗はハッとして直を見た。
「......なにそれ」
直はそれだけ呟くと、興味なさげに優斗の空いた茶碗を持って台所の方に歩いて
行った。
「............」
もしかしてこれなら直に気持ちがバレずに特別だと伝えられるのでは?と優斗は思う。我ながらいい言葉を思いついた!と、笑顔になる優斗とは他所に、ご飯をよそいながら直は真っ赤になっていた。
それから優斗はことあるごとに「直は俺の心の恋人」を連呼した。
中学の卒業式、泣きじゃくる優斗にハンカチを差し出してくれた直に「ありがとう、直は心の恋人だよ」と。
高校受験では忘れ物が多い優斗の分も筆記用具を持ってきてくれていた直に「ほんと直は俺の心の恋人だな」と。
一緒の高校に合格が決まった時も「俺たち心の恋人だな、高校でもよろしく」などなど。
あらゆる場面で優斗はそれを連呼する。
そんな優斗を直がどこか複雑そうな顔で見ていることに気付きもせず。
その日は雨だった。
空から降ってくる雨を見上げながら、優斗はあちゃーと顔を抑える。
「雨かぁ、傘なんて持ってきてないよ~」
優斗がそう零すと、横からスッと傘を持った手が伸びてくる。
「だと思った」
横にいた直が、呆れ顔で優斗に折り畳み傘を差し出す。
「えっいいのか、直のは?」
「俺はちゃんと傘持って来てるから」
言いながら直は「ほら」と優斗に傘を見せる。
わざわざ優斗の分を持ってきてくれていたのだろうか、いや絶対持ってきてくれていたに違いない。それに優斗はジーンと感動しながら直の姿を見る。そしてにっこりと笑顔になった。
「ありがと直!さすが俺の心の恋人だな~」
優斗はにこにこと直を見つめた。
「............」
にこにこする優斗とは反対に、直は顔を俯かせる。
「な、直! どした......?」
慌てて優斗が直を覗き込む。お腹でも痛いのだろうか、心配そうに優斗が直に顔を寄せた。優しい声に直は一瞬泣きそうに表情を歪めると、思い切ったように顔を上げる。
そして優斗の方をキッと睨みつけた。
「なんだよ! いつもいつも、い~~っっつも心の恋人って!!」
急に声を荒げた直に優斗は狼狽える。
「い、嫌だった......? ごめん」
幼馴染とはいえ男に心の恋人なんて言われて、直は嫌だったのだ。そう気付いて優斗は謝るがショックで声が震えた。
「嫌じゃない!」
「え......」
だけどすぐに直はそれを否定した。
「嫌じゃないけど嫌だ!」
直は優斗をジッと見つめた。
「心の恋人じゃなくてちゃんと優斗の恋人にしてよっ!」
その場に直の声が響いた。
「..................」
二人の間に沈黙が流れる。見つめてくる直の瞳を優斗もジッと見つめ返した。
「それって......心も体も全部込みの恋人ってことで合ってる?」
優斗の言葉に、直の顔がポワンと赤く染まる。
「合ってます......」
直の返事に、何故敬語? と優斗は思うが、
「あっじゃあこれからはそれでお願いします」
気づけば自分も敬語になっていた。
また二人ジィィッーと見つめ合う。
そして同時に笑い出した。
「そうだ」
ひとしきり笑い合うと、優斗は直が持ってきてくれていた折り畳み傘を鞄の中にしまう。優斗は直が持っている傘に手を伸ばした。
「それ貸して」
「?」
不思議そうな顔をしながら直は優斗に傘を渡す。
優斗は受け取った傘を広げ、そして自分と直の上に掲げた。
「さっそく恋人らしく相合傘なんてどう?」
「別にいいけど」
優しく笑う優斗に、ツンとした言葉を返しながらも直はとても嬉しそうだ。
二人は寄り添い合うよう肩を寄せると、相合傘で歩き出した。
「あのぉ......さっそくのさっそくなんだけど、今日俺ん家寄ってかない?」
「......別に、いいけど」
ドキドキと心臓の音を立てながらそう言った優斗に直は頷いた。
今日から二人は本当の恋人。
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