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「おじゃま~、やすだ~」 「うん、いらっしゃい!」  僕は、大学の友達を部屋に招き入れた……が、 「って、あれ? 後ろにいる人達、誰?」 帽子を目深に被った、ガタイの良い男性二人に目が行く。明らかに初対面の人……だよね? 何処かで見た事あるような気もしなくも、ない……。 「あー、ごめんごめん。言い忘れてたんだけどさー、俺の友達も見に行きたいって言って、連れてきちゃったんだよねー」  友達が申し訳なさそうに手を合わせて、平謝りしてきた。  今日あの野良猫話を友達にしたら、苦虫を噛み潰したような形で、僕を見た。 『……なあ、それって結構何種類もいた感じ?』 『ん? あー、そんな感じだねぇ」  僕は目線を空中に漂わせてから考える。黒猫の他に、ぶち猫、さび猫、三毛猫……。 『うん、結構いた』 『へー……でも、ここの地域野良猫多いからなあ。俺んちここから近いけど、結構見かけるし……』 『うん、でも、皆不健康そうなんだよね。怪我してるコとかいたし、病的にやせ細っていたコたちとか沢山――』 『なあ』  友達が僕の言葉を遮って、柔和に笑いかけた。 『お前んち、行ってもいい?』 ……で、今ここに来ているのだけれど……。 「ねえねえ、早く中入れさせてよー」  友達は妙にせかし、両脇に控えている男性たちもどことなくソワソワしていて、居心地が悪い感じだ。何だか、このまま入れていいのだろか……。そんな志向が頭をよぎったが、友達に背中を押されて、部屋に踏み込まれた。 「なあなあ、猫どこら辺にいた? そこ? あそこ?」  無造作に部屋に入ってきて、乱暴に巡回し出した。床は僕の足下に伝わる程振動し、引き出しや冷蔵庫を勝手に開けだした。友達だけじゃなく、二人の男性も。 「ちょ、ちょっと、待って、そんなに慌てなくても……」 「えー、慌てるよ」  友達は冷蔵庫から、僕が買ったばかりのオレンジジュースを取り出して、一気に飲み干す。 「だって、野良猫こんなとこに出ちゃ困るもん。なあ?」  友達は誰かに呼びかけるように、コテンと首を傾げた。最初、僕に言っているのかと思い、え? と、返しそうになったが、男性二人の方が大きく跳ね上がった様子を見て、慌てて口をつぐんだ。何だか言葉で形容しがたいような、棘を感じる。 「えっと、さっきから、どうしたの?」 「どうしたもこうしたもねえよ、早く探せ」  冷や水を頭から掛けられたように、身体が硬直した。友達は、相変わらず笑顔だ。それなのに、今まで感じていた親しみやすさのかけらは、全く感じない。僕が急な豹変にためらっていると、胸に衝撃を感じて尻もちをついた。 「早く探せって言ってんの、聞こえない?」  友達が足を上げたまま、僕を見下ろしている。凍てついた、氷のつららのようなものを、僕の胸に突き刺すように。友達は呆れたようにため息を吐きながら、口の中で言葉をブチブチと潰した。 「……ったく、猫の鳴き声がやっと離れられたと思ったのに……化けて出るとか聞いてないんだけど」  え、今なんて……?  僕はすっかり乾ききった口を開いて、そう尋ねようとした。  その時。 「にゃあああああああああああああああああああああああああああん」  幾重にも重なった、猫の鳴き声が部屋をつんざいた。 「は……?」  そう声を漏らしたのは、友達か、男性二人だったか。少なくとも、僕ではない。僕は、息を呑んでいたし、それに……三人の足元に釘付けだったから。  床一面中に、余すことなく多種多様の、猫がいた。どれも、不健康そうで、覇気がない。だが、三人に視線を向けている感情は一緒だったように思う。友達と同じように、冷淡で指先を触れたらひとたまりもないのだ、と直感した。  僕が呆然としていると、一匹がにゃあ、と鳴いた。それに呼応するように二匹目がにゃあ、という、三匹目がにゃにゃあと鳴けば、四匹目もにゃにゃあと鳴いて。五匹、六匹、七匹、と数が段々と増えていき、部屋の中が鳴き声の大合唱となった。  すると、友達と男性二人は耳を抑え始めた。 「ああああああああ!!! 何でだよ!!! ぼろ寺に行って、祓ってもらっただろっ!!! なんでクソ猫たちの鳴き声にっっ……!!! おい、お前たちどうにかしろっ!!!」  友達が男性二人に向かって叫ぶが、男性二人はどうしたらいいのか分からずに、右往左往している。その間にも、猫の鳴き声は大きくなっていくばかりだった。部屋がミシミシと埃が降り注ぎ、窓は揺れ、冷蔵庫が倒れてくる。丁度例倉庫下にいた友達は、巻き込まれて……。  って……危ない!!  僕は友達の体にタックルして、冷蔵庫の下敷きから守ったが、猫の群生にダイブしてしまった。 「にゃあああああああ! にゃあああああああ! にゃあああああああ!」  猫たちは鋭い眼光を携えたまま、友達にのしかかろうとぞろぞろとその体に登っている。僕の方には一切来ていない。でも、男性二人は猫がのしかかり、床にはいつくばっていた。友達や男性二人は口々に助けを乞い、猫たちは合唱している。 「待って!!」  僕は、立ち上がって叫んだ。猫たちの鳴き声がピタリ、と止まり、一斉に僕の方を見た。僕はそのまま、猫たちに叫ぶ。 「ご飯、食べよう!!」  は、と呆気に取られた声がどこかからか聞こえたが、そんなことに手間取っている場合ではない。僕は棚から、大量の猫の缶詰を取り出し一気にバカリと開けた。缶詰は空中に描き、部屋中に中身が散らばった。それを合図に、猫たちは餌を求めて、甲高い鳴き声を挙げながら先ほどより部屋全体が揺れた。  あー……ちょっと、ミスったかな……。  けれど、この惨状はもう止められなさそうだから、暫くぼーっと眺めていた。友達と男性二人は相変わらず猫達にもみくちゃにされていたが、まぁ、見たところ怪我はなさそうだ、良かったぁ。  僕は一安心していると、突然部屋の扉が開いた。 「安田くん! 大丈夫かい?! さっきから凄い音が……!」 大家さんが背丈を優に超える箒を構えて、部屋に押し入ってきたのだ。  あ、待って、大家さん。猫を踏んじゃう……!      そう口を開こうとしたが、よく床を見たら猫の姿が一匹も見当たらなかった。かろうじて見れるのが、餌まみれになって気絶している友達と男性二人だけだ。  何処に、行っちゃったんだろう……?  呆然と突っ立っていた僕の耳元に、幸せに満ち溢れた「にゃおん」という鳴き声が、複数に重なって聞こえた……気がした。  
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