人魚の欲歌

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「拙いわね」 人魚は薄く微笑むと、男が書いた3枚ほどの手紙を破った。その時、指に小さな針で刺されたような痛みが走る。瓶の破片が、手紙の間にでも挟まっていたのだろう。人魚の玉のような白い肌に、一筋の赤い線が走った。  人魚は不意打ちの痛みに顔を歪ませる事もなく、ただ微笑んでいるだけだ。  粘ついた赤い液体が口角が上がる度に、まとわりついてくる。それが、人魚の食欲をぞわりと煽った。 「さて……次は何処を食べようかしら?」 ぐったりと岩場に倒れ込む男を、品定めするように見つめる。先程まで暴れていたというのに、今やすっかり抵抗をなくしたらしい。  彼に、この声で洗脳を施すのは随分と時間がかかった。最初は軽くあしらわれたものの、この男は歌を求めてまた来た。人魚は、確信した。こいつを食べる事ができる、と。  人魚の声は、洗脳作用がある。歌声で惑わすだけでなく、ただじっくり、話し込むだけでも効果はある……あくまでも、個人差だが。  男は案外、手中に収まりやすい部類だったようで、人魚はホッとした。何とか声で洗脳させ、梯子を作らせて壁を登らせて……いや、結構厳しかったかもしれない。過程もそうだが、嫌に理性的な面もあった。でなければ、洗脳に塗れた状態で、こんな手紙を書くはずがない。 「まぁ、いいわ」 人魚は肩をすくめると、男へと近づいた。下半身は海に浸かっているため、次節体を動かす度、重々しい水音が響く。ゆっくりと岩場に乗り、男の顔を覗きこんで喉を鳴らした。  顔半分が血に染まり、そこからチラリと覗く瞳は小刻みに震え、涙の膜が出来ていた。退こうにもできないようで、岩場に肌を擦る音が大きくなる。  人魚の口元が綻び、赤薄くなった唾液がだらしなく垂れた。 「いただきます」  男の精一杯の呻き声を、人形は丹念に口に含んだのだった。
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