人魚の欲歌

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 ですが、ある時歌声が聞こえなくなってしまったのです。僕は、それが嫌でした。散歩には、歌声を聞く事が不可欠です。それに、こういきなり当たり前が無くなると、誰だって不安になるものです。   しばらく、まごまごと壁を彷徨いていると、壁の向こうから何かが聞こえてきました。 「もしもし、誰か、私の声が聞こえたら、壁を叩いて下さい。誰か……」 切羽詰まった、弱々しく震えてる声に僕はとても驚いてしまいました。世にも美しい、魅惑的な声だったのです。そして、一拍置いた後、僕は壁を慌てて叩きました。  ハッと息を呑む音が聞こえ、また声が紡ぎ出されました。 「そこに誰かいるのですね、良かった。ああ、こんな事を頼むのはとても申し訳ないのですが、貴方を私に恵んでいただけないでしょうか。……ええ、紛れもない貴方をです。私は、町の人に言い伝えられている人魚です。歌を歌い、自由気ままに過ごしているものなのですが、今はそんな余裕がないのです。というのも、私たちはサカナを食べているのですが……サカナ、が分かりません? サカナは私達と、まあ、話せない同類のようなものです。その子達を食べていたのですが、最近取れないのです。このままでは、私は餓死してしまいます。それなので、どうかどうか、貴方様を食べさせて下さい」 それなので、今から食べられてきます。食べられたくない。もう、これしか方法はないのです。だめだ、いくな。 彼女の歌声を、取り戻す方法を。そんな事を考えるな。
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