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新たな年度の始まりを祝うように、頭上には桜が咲き誇っている。
それなのに、彼女は道路の角で膝を抱えて座り込み、道路脇の排水路を熱心に見つめている。
「なにしてんの?」
僕が話しかけると、彼女は一言だけ。
「……お花見」
彼女の視線の先を目で追うと、そこには排水路の溝にびっしりとくっついている黒ずんだ桜の花びらがあった。
「その、流されそうな桜の花で?」
「……みんなで協力して一生懸命しがみついているの、健気」
理解出来ない。けどそんな独特の感性は、彼女の魅力でもある。
まあ、その独特過ぎる感性というのが、いくらか彼女を捻くれさせているのは事実だけれど。
「あ、もしかして嘘? 今日がエイプリルフールだから」
そう問いかけると、彼女は目を丸くした。
そしてすくっと立ち上がると頭上の桜の枝を見上げた。
「……綺麗」
そっちが嘘か。いや、どっちが嘘だろう。
日頃から自分の感情を隠しがちな彼女の「素直」というのがどこにあるのか、正直な話、僕にも分からない。
それでも一般的に言う「素直な桜への反応」を見せた彼女の姿は新鮮で、とても可愛く映った。僕は彼女の真意を確かめたくなった。
「野々村さんって、辛党だっけ?」
「うん」
嘘つけ。そうか。
エイプリルフールと聞いて、今日は嘘をつくモードに入ったらしい。
「あんみつ、好き?」
「嫌い」
嘘つけ。
「目玉焼き、好き?」
「嫌い」
嘘つけ。
「僕のこと、好き?」
「好き」
チッ、引っかからなかったか。
嫌いと言われれば、僕の勝ちだったのにな。
ん……いや、待てよ。
面と向かって「好き」だなんて彼女に言われるのは、それはそれでアリなんじゃないだろうか。
「僕のこと好きなの?」
「うん、好き」
「どれくらい?」
「世界で一番好き」
うん、いいものだね。
嘘だと分かっていても可愛い。エイプリルフールって、素直じゃない彼女が可愛くなる日だったのか。
……いや、でも――。
「今日の野々村さんは可愛いけど、明日また排水路を眺めている野々村さんの方が、僕は可愛いと思う」
そう言うと、彼女はくるりと踵を返しながら発する。
「……なにそれ。やっぱり私、キミのこと嫌い」
え……?
エイプリルフールってやっぱり、彼女が可愛くなる日だった。
■おわり■
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