友だち

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「なあなあ、俺羽生えたんだけど」 「は?」  突拍子もないことを言われて俺の口はありきたりなその音しか出せなかった。いくらこいつが普段から適当なことを言うやつだとしても、それでも羽が生えたなんてことはあり得なさすぎて意味がわからない。意味がわからないついでに辺りを見回す。カレンダーが目に入り思い出す。 「エイプリルフールか」 「ちげえよ、いや今日は確かにエイプリルフールだけど羽生えたのは嘘じゃねえの」  何なら見るか?とまで言われる。俺は別に見たいとは言わなかったけどこいつは返事を待たずに服を脱いで上裸になって背中を見せてくる。確かにそこには人差し指程度の長さの鳥のような形の小さい羽が左右に一つずつ生えていた。 「は?」  もう一回抑えようのない音が出る。本当にこいつがエイプリルフールに乗じた嘘をついていると思い込んでいた俺には受け止めきれない。けれど俺の目の前にこいつがいるのは事実で、その背中、肩甲骨のあたりから生えている羽が見えるのも現実で。現実を受け止めきれないなんてこんな状況で思うとは想定外だった。  そんなことを考えている間にもこいつは話し続けている。何でも目が覚めて仰向けに寝転がったまましばらくぼーっとしていたら背中に違和感があっただとか、左の羽は上から右手をまわしてぎりぎり届くけれど右の羽は左手を上からまわしても下からまわしてももちろん右手でやっても届かないだとか、変な手触りがあって取れないから何かが生えたんだろうと思っても背中だから鏡でもなかなか見えなくて何なのか確かめるのに苦労しただとか。重要なこととは思えないことを延々話している。俺はなんとか相槌を打ちながらも役に立ちそうなことは何も言えないまま話し続けるこいつはまた服を着た。服の厚みと羽の小ささでそこに何かあるなんてことすらわからない。 「それどうするんだよ」  俺の想定では取るとか研究できそうなとこに行くとかそういうことだった。 「んー、とりあえず友だち皆に見せてくる」 「は?」  やっぱりこいつのことはよくわからないなと思いながら見送る。動くと時計が目に入って、今日生えて自分の家で確認してそれから家を出たとすると俺のとこに来るのが最初だったのかなと思った。俺に一番に教えたかったのかな。  目が覚める。今日の日付を認識する。昨日が一日だったんだから今日は二日だ。  そうして思い出す。俺にあんな友だちはいない。いや、学校でできたような友だちとは全部縁が切れてしまって、もう今の俺に友だちと言えるような関係のやつはいない。あんな顔のやつが友だちだったことも多分ない、と思いかけてもうあいつの顔が思い出せないことに気付く。きっと俺の脳が適当に作ったものだから細部など最初からなかったのだろう。どうしてそんな友だちがいるなんて考えたんだろう。もしかしたら俺は友だちが欲しいのかもしれない。エイプリルフールだから友だちがいてもいいと思ったのかもしれない。それじゃあ、嘘つきなのは適当なことを言う存在しないあいつじゃなくて俺の脳じゃないか。
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