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「ん? あれ? ここはどこ?」
いつの間にかボーっとしながら歩いていた招木猫は道を間違えたことに気がついた。
道を間違えた招木猫は置き物の招き猫ではなくて、本物の猫でもなくて人間の女性だ。
名字が招木で名前が猫。
本当は平仮名で「ねこ」にするはずが、父親が「猫」と書いて役所に提出したらしい。
名字が招木なのに名前を「ねこ」とするのもどうかと思うが、漢字にするなら猫じゃなくて音湖か音子とかにしてほしかったよと猫は思っている。
「まったく知らない風景だよ。なんで道を間違えたんだろ。はー、まったく、猫が迷子とかないよね。ん? 迷子にならないのは犬か。迷子の迷子の招木猫さん〜あなたのいる場所はどこですか〜、あら、招き猫さん?」
石像の招き猫が祀られている小さな祠を道端に見つけた猫。
お供え物は何もない。
「おやおや、お供え物が何もないですね」
猫はポケットから飴を取り出した。
「招き猫の祠って初めて見たよ。こんなのしかないけど食べてね。招木猫から招き猫さんにプレゼントだよ」
招き猫の祠に飴を置いた猫はスマホを操作してバス停までのルートを検索しようとした。
「あれ? 圏外だ」
こんな街中で圏外って珍しいと思いながら、誰かに道を尋ねようとしたが誰もいないし車さえ通らない。
「通勤通学の時間に誰も歩いてないとかある?」
しかたないのでまっすぐ歩いていたら、しばらくして見覚えある道に出た。人もたくさん歩いているし車とかも走っている。
「あー、良かった。異世界とかに迷い込んだかと思ったよ」
バス停に到着した猫は、始業時間に間に合うバスに乗ることができた。
猫は出勤する途中だったのだ。
(間に合って良かった〜。もう少し迷子してたら遅刻してたよ)
勤務先の会社までは5キロくらいあるのでバスで通勤をしている。
(しっかし、今日のバスは混んでるね)
身長145センチと小柄な猫は、混んでるバスで立っているのは圧迫感を感じて落ち着かない。
バスの揺れで周りの乗客に押しつぶされそうな感覚になるのだ。
(あっ、また……)
バスがブレーキをすると後ろの男が猫に当たってくる。もう3回目だ。
(こいつ、わざとじゃあるまいな。でも、文句を言ってトラブルになるのも面倒だし)
4回目、確実に私のお尻に後ろの男が当たった。
「やめてよ!」
思わず振り返り、後ろの男を睨んで叫んでしまった。
「いっ、いや、バ、バスのブレーキで、ちょ、ちょっと当たっただけ」
「何回も当たってましたけど」
「な、何回もって何回だよ」
(あん? 逆ギレか?)
「4回。男ならバスのブレーキくらいで私に当たらないように踏ん張れないんですかね」
「か、慣性の法則に男も女も関係ないし! なんなら重たい男のほうがつんのめるんだよ!」
(あれ? いつもの私なら知らない人にこんなに強気で文句とか言えないのに)
周りの人が男に「おいおい、バスの中で大きな声で喧嘩とかしないでくれよ」「兄ちゃん、何回も当たったんなら謝りなよ」とか言ってくれて男はしぶしぶ私に謝ってくれた。
私も「騒いですみません」と周りの人に謝った。
(まったくもう、慰謝料で1万円くらいもらいたい気分だよ)
猫は高校を卒業してこの春からお菓子を作る工場で働いている。
そこそこ大きな菓子製造会社だ。
スナック菓子ではなくて、スーパーとかで売っているケーキやロール、どら焼きや団子とかのスイーツ系の菓子製造だ。
会社に近いバス停でバスから降りて会社へ歩いていく猫。
その頃にはバスの中であったことを忘れていた。
「猫、おはよー」
「あ、おはよー、小鳥」
猫に朝の挨拶をしたのは中学からの友達で海野小鳥。
猫と小鳥は一緒の菓子製造会社に就職したのだ。
「今日も猫にお菓子だね」
「そうそう、猫は小判が好きなのにね」
「いやいや、お魚でしょ」
「どっちか言えばお肉かな」
作業服に着替えてラジオ体操だ。
班ごとに分かれて朝礼があり、それから菓子製造が始まる。
猫は新入社員だからいろんな仕事を覚えないといけない。
しんどいと言えばしんどいし、肉体的にも精神的にも疲れる。
しかし、今日の猫は異変を感じた。
(あれ? 今日はまったくしんどくないぞ。それに仕事がとても上手くできてる)
そう、今日の猫はまったく疲れないし、仕事もてきぱきとできて先輩から褒めてもらったり。
(おかしいな。まあ、いいか)
お昼休みになった。
社員食堂があるので猫はいつも友達の小鳥と一緒に社員食堂でお昼ご飯を食べている。
メニューは日替わり弁当と肉うどん、きつねうどん、おにぎりくらいしかなく、始業前に注文しておくシステムだ。
お弁当は業者さんに依頼して持ってきてもらい、社員食堂ではうどんとか簡単な物しか作らない。
猫が日替わり弁当を食べていると、小鳥がうどんを持って横に座った。
「おっ、今日はきつねうどんだね」
「うん」
きつね揚げを食べる小鳥を見て猫は思い出した。
「そうそう、きつねうどんと言えばね」
「ん?」
今朝、招き猫さんの祠に飴をお供えしたことを猫は小鳥に話した。
「へー、招き猫の祠。写真ある?」
「あ、撮ってない」
「こんど案内してよ」
「え?」
「私もなにかお供えするから」
「わかった」
こんどは何をお供えしようかと考える猫だった。
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