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雨が降って来た。 下駄箱の前で傘のない僕は立ち往生してしまい、雨が強くなっていくのを暫く眺めていた。 先生に頼まれて職員室に荷物を運んでいたらいつの間にか誰もいなくて、校庭や屋根にかかる雨音だけが耳に聞こえてくる。 そうして暫くそこに立っていると、いつから居たのか少し離れた場所にクラスメイトの山岸が傘を持って立っていた。 横を向くと目が合う。 「早く帰った方がいいよ、雨足きつくなって来たし」 ボソッと声を掛けて、前を向いた。 諦めて走って帰ろうかな、そう思って鞄を頭の上に置いたら開いた傘を差し出された。 「一緒に帰ろう」 俺より背の高い山岸がこちらを見下ろすと、表情の薄い顔でそう言った。 「いいの?俺が入っちゃうと濡れちゃうよ?」 「いいから、家まで送ってく」 腕を取られ傘に入れられた。 中学から同じだけど、仲のいいグループが違うから、まともに話したのはこの日が初めてだった。 同じ傘に触れ合う肩。 話したことがないから話題もない。 会話も交わさず、傘に落ちる雨の音だけが響いている。 沈黙に耐えかねて俺は声を掛けた。 「山岸と話すの中学ぶり?ま、そんな話したこともないんだけど」 「そうだね」 一言で終わりかよ、何か話題を… 「山岸って人気者だからこんな事でもない限り卒業まで話したりしないんだろうな、なんかラッキーだ」 そう言って彼の顔を覗き込んだ。 すると彼は立ち止まって俺を見た。 「え?なに?どうしたの、急に立ち止まって」 「一条」 「ん?」 突然顔が近付いてきて唇に触れるだけのキスをされた。 離れていく彼の顔を眺めているとまたキスをされた。 「好きだ、俺と付き合って」 彼の肩に傘から垂れる雨が落ちる。 狭い傘の中で俺たちは静かに黙ったまんま立ち尽くしていた。 高校2年、新緑の眩しい5月の事だった…
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