第一章 義手の少女

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 本当に住んでいるか、確認をしたわけではないらしい。これで案内料など取ろうものならと少女は青年を睨め上げたが、彼はそんなつもりも毛頭ないらしい。降参というように両手を上げた。 「騙すつもりはないし、彼が工房の場所に指定してるのはこの廃坑だ。厳密に言うなら、そこの管理小屋」  すっと青年が指差す先にあったのは、廃坑への道の麓に建てられたひとつの小屋。質素といえば聞こえがいいけれど、評するものの大半が粗末と告げるだろうあばら家だった。当然のように、人が住んでいるようには見えない。  工房だと言われた小屋へ、すぐに足を向けることはできなかった。本当にこの場所でいいのか。そんな疑念がつきまとう。  青年は少女の胸中をいささか察したらしく、「今日のところは戻るかい?」と声をかけてきた。  今から戻るならば、王都へ戻る乗合馬車にぎりぎり間に合うだろう。日も暮れたこの時間に、ひとり廃坑に残るのは危険すぎる。青年はこの場所に長くとどまるつもりもなく、決断するならば今だった。 「思い入れはあるんだろうけど、人形師は彼だけじゃないよ」  何度も言ったけれどね、と続ける彼の言葉を胸に置きながら、けれど少女は頭を振った。 「大丈夫。……ありがとう、お兄さん。もう十分」  あとは、自分の度胸と運次第。少女は後ろへ立つ青年へそう小さな笑みを見せて、くるりと彼へ背を向けた。そのまま振り返ることもなく、誰もいそうにない小屋へと歩みだす。 「何かあったら、またおいで。次も案内をするからさ」  少女の背に、出会ったときと同じ明るい声がかけられる。少女は彼の声を追い風に、小さな小屋の扉を叩いた。
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