第一章 義手の少女

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 数度叩いて耳を澄ませども、物音ひとつ返ってこない。留守なのか、そもそもここにはいないのか、少女には判断がつかない。幾度か名前を呼んでみても同じ状況だった。  山から風が吹き降り、バタバタと衣服をはためかせた。どれもこれも薄手のもので、防寒という意味では心もとない。右肩から繋いだ義手はすっかり冷えて、接合部から体温を奪っている。  ここで佇んでいても仕方がない。少女は鉄細工の取っ手に手をかけた。少し引いて見れば、きしんだ音を立てながら扉はあっさりと開いた。  外からの見た目と同様に、小屋の中も相応に傷んでいた。  床板は誰かが踏み抜いたのか所々に穴が空き、置かれた机は立て付けも悪い。おそらくこの小屋で過ごす人間用に設えられたのだろうベッドには、中綿の抜けた布がいくらか放棄されていた。  少女は「おじゃまします」と断って中へ入り、後ろ手に扉を閉めた。  この国は昼夜の寒暖差がひどい。昼は日差しで肌が焼けつくような暑さを感じ、日が落ちれば零下の風に震えることになる。たとえあばら屋であったとしても、雨風がしのげる場所は必要だ。  どう考えても、ここに人が住んでいる気配はない。それでも、どこか立ち去りがたかった。  何か見つかればいいと願うが故の未練に過ぎないかもしれない。それでも、少女は今晩をこの小屋で過ごすことにした。幸い、粗雑な扱いには慣れきっている。下手に誰かから危害を加えられるわけでもないなら最上の扱いだ。  机はあっても椅子は壊れていて座ることができなかった。少女は軽く部屋を見回して、ベッドへと向かう。さして埃が舞うわけでもないそこへ座り、四角い携帯食料を鞄から取り出した。
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