序章

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 ふたりはともに目をいくばくか伏せており、ギャラリーの熱烈な視線に応える素振りも見えない。けれど周囲の彼らは皆口々にその人形を褒めそやす。  魔術によって人形を操ることは、それほど難しいことでもない。けれどこの人形に、そうした魔術が施されていないことは幾度も重ねて調べられた結果、確かに証明されている。  魂を持つ人形の美しさと奇跡に、誰もが酔いしれていた。  そうして王の前へ歩み出た人形師と人形は、特別な素振りも見せずに歩みを止めた。人形師は引いていた手を離し、王の前に片膝をつく。人形は伏せた瞳をそのままに、王の言葉を待つ。  自身が命じて造らせた人形を王が見るのは、この披露目の会が初めてのことだった。王は人形師をねぎらい、人形へその顔を見せてくれ、声をきかせよと告ぐ。その声は至極明るく、期待に胸を弾ませる子どものようでもあった。  人形は一歩、二歩と歩み出てドレスの裾を片手でつまみ、軽く会釈をした。その仕草は人形とは思えぬほど自然で洗練されている。  いつのまにかあたりの演奏も終わっている。人形が話す言葉を、誰もが聞き逃さぬよう固唾を呑んで見守った。  誰もが人形と王を見つめていた。その場にいた人形師は、この大広間すべての人間の意識の外に置かれていた。  人形師が膝を折ったまま、その傍らに鈍器を喚びだしたことも、その柄をしれず握りしめたことも、誰も気づいていなかった。  人形は顔を上げる。ゆっくりと瞬く瞳は霧晴れの青紫色。それは王が亡くした王妃と同じ色をしていた。可憐な唇がそっと開く。 「 」  立ち上がる人形師と、彼の手に握られたそれに気がついた頃にはもう遅い。  誰にも制されないままに、人形師は己の手で自身の作品を粉砕した。
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