玲美さんのトラブル

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 薫ちゃんから1万円を受け取った便利屋の店主は、「どうぞ中へ」と私たちを店の中へと促した。工具やら掃除用具やらでぐちゃぐちゃに散らかった店内を想像していたのだけど、意外にもすっきりと片付いていて応接スペースまである。 「吉崎くんは働き者でいい子でしたよ。ただ情にほだされやすいというか……。『人妻に手を出した』とかそんなんじゃないんです」  応接ソファーに座るよう勧めてくれた店主は、冷蔵庫からペットボトルの麦茶まで出してくれた。  店の従業員が客に手を出したなんて、店主としては正直に認めるわけにはいかないところだろうけど、実直そうな店主の言うことは信用できる気がする。 「これは……やっぱりお返しします。お客様のことをペラペラ話すわけにはいかないんで」  急に思い直したのか、少し名残惜しそうではあったものの店主はテーブルの上で一万円札を薫ちゃんの方に滑らせた。  その万札に目を落したまま、薫ちゃんは拳を膝の上で握って「玲音は今、大怪我をして入院しています。あたしは後輩がどうしてそんな目に遭ったのか知りたいし、守ってやりたいんです」と静かに訴えた。 「大怪我⁉ それは誰かに殴られたんですか?」 「轢き逃げです。大腿骨骨折と頭蓋骨陥没で一時は生死の境を彷徨っていました。幸いにも持ち直しましたが、犯人がまだ玲音の命を狙っている可能性があるなら、早く捕まえないと! 何かご存知なら教えてください」  薫ちゃんが「お願いします!」と頭を下げる。この必死さは本心からのものだろう。  店主も胸を打たれたようで「わかりました」と深く頷いた。 「そういうことなら情報料は要りません。吉崎くんのために知ってることを全部お話します」  そう前置きした店主は、「その問題のお客様を、仮にA子さんと呼びましょうか」と静かに語り出した。 「A子さんがうちに庭の草刈りを依頼してきたのは一年ぐらい前でした。転んで足首を挫いてしまったために、草刈りできずに雑草が伸び放題になっている。梅雨前に綺麗にしてほしいとのことで、最初は吉崎くんと私の二人で作業したんです」 「最初は、と言うことは、その後もA子さんから何回か依頼があったんですか?」  私が尋ねると、店主が私を見て「はい……何回も」と答えてから小さくため息を零した。
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