玲美さんのトラブル

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 てっきり玲美さんがそのA子といい仲になって、それを知った旦那が激昂して轢き逃げしたのかと思ったけど、少し違うみたいだ。  そういえば、さっき店主は「その問題のお客様を、仮にA子さんと呼びましょうか」と切り出した。問題は旦那じゃなくA子? 「A子さんは足首を痛めていたため色々と出来ないことがあって、その都度依頼の電話がかかってくるようになりました。電球交換やレンジフードの掃除、粗大ごみに出す大型家具の搬出などなど、こちらは仕事がもらえて『いいお得意様が出来た』と喜んでいたんです。でも……」  店主の顔が曇って言い淀む。  薫ちゃんが「でも?」と促すと、「二回目以降、必ず『吉崎くん一人で』と依頼されることに引っかかりを覚えたと言いますか、心配になってきたんです」と店主はまたため息をついた。 「A子さんは在宅でデザインの仕事をされていて、会社員のご主人は日中家にいません。普通、女性一人の家に上がり込む仕事のときは、うちの家内が行くようにしていたんです。家内一人では無理な仕事だったら、吉崎くんか私が同行して。家の中に男と二人きりという状況は、女性にとってやっぱり怖いんじゃないかと思うんで」  私は「そうですよね」と頷いた。私も可能なら女性にお願いしたいと思う。 「それだけA子さんは吉崎くんを信用してくれているんだと喜ばしく思う反面、万が一間違いがあっては大変だと不安になりました。つまり、それは……純粋な吉崎くんがA子さんに誘惑されるんじゃないかという心配です」 「誘惑⁉ え? A子さんってそういう感じの女性? おいくつなんですか?」  ビックリして尋ねると、「30代半ばの綺麗な方です」という。  そうか。玲美さんは当時まだ19歳。若い玲美さんが年上女性に弄ばれるのではないかと、店主が心配になったのもわかる気がする。 「結局、ご主人に誤解されて怒鳴り込まれましたが、吉崎くんはA子さんとの関係を否定しましたし、私も彼を信じました。彼が店を辞めたのはA子さんから逃げたかったからですよ」  予想の斜め上を行く話に、私は思わず薫ちゃんと顔を見合わせた。
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