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「辻堂事務所。いいね!」
私が真新しい看板を見上げてパチパチと拍手すると、薫ちゃんも「うん、いい感じね」と大きく頷いた。
先月末まで事務所として使っていたところは看板なんてなかったし、狭い雑居ビルの一室でなんとなく薄暗かった。
でも、この新しい事務所は通りの向こう側の大手不動産屋にも負けないぐらい広いし明るいし、何より一階だからベビーカーを押している人も車椅子の人だって入ってこられる。
まあ、一見お洒落な雑貨屋風で何の事務所なのかはどこにも書いていないんだけど。
「優、このベンジャミンたち、誰が贈ってくれたかわかる?」
自動ドアを入ってすぐの両脇に置かれた立派なベンジャミンゴムの木は、まるで狛犬のようだとは思っていたけど、薫ちゃんが買ったのではないらしい。
「え? 誰かが新装開店のお祝いにくれたの? 誰?」
薫ちゃんの元カレの平塚刑事は、さっき自腹で防犯カメラを設置してくれたばかりだし……。
茅ヶ崎先輩は「おめでとう。頑張れよ」と電話をくれただけだ。いや、それはそれで十分嬉しかったけど。
こんな高そうな贈り物をくれたのは、一体誰だろう?
薫ちゃんは私が首を傾げて考えている様子を面白そうに見つめてから、「なんと葉っぱ三姉妹よ!」と自慢げに言って胸をそびやかした。
「え⁉ 婆さまたちが? すごい!」
薫ちゃんと私のひいおばあちゃんである一葉ばあちゃんは我が辻堂家の当主で、その妹たち(双葉と三つ葉)と共に”葉っぱ三姉妹”と呼ばれている。三人とも百歳を超えているのに頭も足腰もしっかりしていて口も達者だ。
婆さまたちはおととしの秋に私にお見合いを勧めてきたときは、薫ちゃんと私が事務所の仕事だけで生活していけるか懐疑的だった。
それがベンジャミンゴムを贈ってくれたということは……。
「あたしたちがバイトや永久就職しなくても食っていけると、婆さまたちが認めてくれたってことよね。依頼人が増えてきたから」
薫ちゃんがニヤリと口角を上げた。
でも、依頼人が増えたということは大切な人を亡くした人がそれだけいたということで、単純には喜べない。
私たちの仕事は霊能力で死者を捜し出すことだから。
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