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篠原さんの自宅は古い集合住宅の一室で、鍵がかかっていなかった。お年寄りにありがちな不用心さだけど、今の私たちには好都合だ。
「お邪魔しまーす」と呟きながら家の中に入っていく。
モワッとした湿気を帯びた空気と、老人の家特有の臭い。一瞬顔をしかめたけど、想像したほど酷くはない。
キッチンのシンクは綺麗に片付いていて、コバエが飛び交っていることもなくてホッとした。
「優、これ見て」
薫ちゃんが指さしたのは、テーブルの上に置かれた夕刊だった。日付は先週の月曜日だ。
「玲美が事故に遭ったのは先週の月曜日の夜だから、その日の夕方までは篠原さん、生きてたってことよね」
「まさか玲美さんの居所を吐かせるために、美姫が篠原さんを連れ去って拷問したとか?」
「優、ドラマの見過ぎ」
薫ちゃんに呆れられたけど、確かにこの家に人が揉み合ったような乱雑さはない。
「ご飯を食べた後、どこかに出かけたんでしょうね」
薫ちゃんがキッチンの水切りラックに伏せられた食器を見て言った。
茶碗にお箸にお椀に湯飲み茶碗。おかずのお皿がないから、ご飯とお味噌汁と緑茶という質素な食卓が目に浮かぶ。
冷蔵庫を開けてみたら、佃煮とたくわんと冷凍ご飯が入っていた。お味噌汁はインスタントの大袋がある。
そういえばあのおじいさんの霊は痩せ細っていて、腕は骨に皮が張りついているみたいだった。すごい力だったけど。
「写真があるわ! このおじいさん?」
薫ちゃんが仏壇の前で声を上げた。奥さんの遺影の横に、老夫婦二人のスナップ写真が飾られている。
「うん、この人だった……」
たぶん奥さんに先立たれてから、おじいさんはまともな食事をしなくなったのだろう。写真の中の篠原さんは私が見たおじいさんと同じ顔でも、全体的にもっとふっくらとしていた。
篠原さん夫婦は微笑み合っていて仲睦まじい様子だけど、おじいさんの方はこの世に未練を残しているからまだ成仏できないでいる。
早く天国の奥さんの元に送ってあげないと!
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