残留思念を追って

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 私はまずお箸を握ってみたけど、弱々しい思念しか伝わってこない。それはおそらく篠原さんが食事にあまり時間を割いていなかったから。  私は死者が生前愛用していた物を握ると、その人の残留思念を感じ取れる。それを追うことによって遺体の場所に辿り着けるのだ。 「食器はダメだ。歯ブラシは?」  洗面所にあったボサボサに使い古された歯ブラシを手に取ったけど、篠原さんが総入れ歯だったからか歯ブラシにも思念はあまり残っていない。 「お年寄りってテレビが好きよね? リモコンは? 新聞読んでたってことは老眼鏡は? コーヒーカップは?」  薫ちゃんが次々と物を手渡してくれるけど、どれもダメだ。 「お布団! もしかしたら篠原さん、横になってる時間が長くなってたのかも」  思いついて敷きっぱなしの敷布団に触れてみた。 「あ!」  苦しい――。痛い――。  篠原さんの死ぬ直前の思いがダイレクトに伝わってきて、私は思わず自分の胸を押さえた。 「優⁉ 大丈夫?」 「うん、平気。ただ胸が痛い感覚がして……篠原さんは心筋梗塞か何かで亡くなったんだと思う」 「お布団かぁ。これを持って駅まで歩くのは大変だし、電車に乗るわけにもいかないわねぇ」 「枕でもいけると思う」  こうして私は篠原さん愛用の蕎麦枕を持って、電車に乗る羽目になった。……私が蕎麦アレルギーじゃなくて本当に良かったよ。  平日の昼間だけど、この路線は観光客で結構混んでいる。だけど、ホームでも電車に乗り込んだ後でも、周りの人たちは私のことをジロジロ見たりはしなかった。  都会の無関心さに少し救われた気がする。ただ私たちのすぐ横に立とうとする人はいなくて、やっぱり”変な人”だと警戒されているのだろう。 「あたしが優を尊敬するのは、そういうところよ。死者を成仏させてあげるためには、薄汚れた臭い枕を持ってでも電車に乗れちゃうところ」 「私だって出来ればタクシーに乗りたかったよ……。そうだ。今回の必要経費は全部薫ちゃんが出すつもりなの?」 「そのつもりよ。篠原さんに身寄りがいたら、後からお礼としていくらかもらえるかもしれないけど……。何? ケチなあたしにしては珍しいと思った?」  へえ、薫ちゃん、ケチだって自覚してたんだね。
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