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落ちる!
観念して目を閉じたのに、私の身体は川には落ちなかった。
薫ちゃんにしっかりと抱きとめられた私は、ギリギリのところで川に落ちずに済んだようだ。
私のすぐ目の前を茶色く濁った水が凄い速さで流れている。もしも落ちていたら助からなかったかもしれない。ゾッとした。
「間一髪だな! 優、怪我はないか?」
私の顔を覗き込んだ薫ちゃんはいつもの裏声じゃなく男らしい地声で尋ね、焦りと安堵がないまぜになったような表情をしている。
「ありがとう、大丈夫。って、薫ちゃんの方が怪我してるじゃん!」
泥だらけの薫ちゃんの腕から血が出ているのが見えて、私は慌てて身体を起こそうとした。でも、薫ちゃんが後ろからがっちり抱きしめてきたので、身動きが取れない。
「薫ちゃん! 腕から血が出てるって!」
「んー? 平気よ、こんなかすり傷。それよりもう少しこうしてて」
薫ちゃんはまるで乾いた草むらに寝転んで空を見上げているみたいな呑気さだけど、私たち川に落ちる寸前の場所で湿った雑草に埋もれているんだからね?
どうして薫ちゃんが私をバックハグしたままなのか不思議に思っていたら、薫ちゃんがスマホバッグからスマホを取り出して私の顔の前でメッセージアプリを開いてみせた。
「平塚刑事からよ。赤い車は美姫の夫のだったって」
私にも読める距離だったから、「夫が自供したんだね。でも、轢くつもりはなかったって本当かな?」と首を傾げた。
その時、視界の端に人影が見えた気がした。
「あ! 篠原さん!」
「見つけた⁉」
さすがに薫ちゃんもガバッと身体を起こしたけど、私が見つけたのは遺体じゃなくて篠原さんの霊だった。
「薫ちゃん、ちょっとここで待ってて。あそこに篠原さんの霊が立ってるから」
私が柳の木を指差すと、薫ちゃんは「気をつけてね」と言って私を立たせてくれた。
「篠原さんですよね? 私、辻堂優といいます」
今更だけど自己紹介しながら近づいていく。
「レオンさんを轢き逃げした犯人は捕まったし、レオンさん自身も意識が戻って一般病棟に移されたそうです」
一応報告したけど、死者は何でもお見通しだ。篠原さんはとっくに知っていたようで「ああ」と小さく頷いた。
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