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人間驚き過ぎると咄嗟に声が出なくなるものらしい。
私の口からはヒッと息を吸い込む音が漏れただけで、悲鳴も上げられなかった。
「お嬢さん、俺が見えるんだろ?」
私の二の腕を掴んだまま、老人がしわがれた声で詰め寄ってきた。
しまった! 新しい事務所は紗奈ちゃんの結界で守られている上に、ほとんどいつも薫ちゃんが一緒にいたから、ここ最近は霊に縋りつかれることがなくて気が緩んでいたのかもしれない。
でも、霊視できる私に霊がこうやって助けを求めにくることは日常茶飯事だったんだ。油断した……。
どうしよう。見えないフリして無視して立ち去る? 北口まで行けば紗奈ちゃんの結界に入るから、霊たちは私に近づけなくなるはずだ。
このおじいさんの霊だけじゃなく、通りの向こうからも店の影からも他の霊たちがこちらを伺っているのが見える。
一人に応えたら、うじゃうじゃと集まってきた霊たちに囲まれて身動きが取れなくなる事態に陥りかねない。
「お願いだ。レオンを助けてやってほしいんだ」
おじいさんに懇願されて、私はついうっかり「レオン?」と訊き返してしまった。
どこかで聞いたような名前だ。どこでだっけ?
宙を見上げて記憶を手繰り寄せようとしたのはほんの一瞬だったのに、気がつけば霊たちがわらわらと間近に迫ってきていた。
「きゃあ!」
今度こそ悲鳴を上げて、私が一目散に駆け出したのは言うまでもない。
「優! どうした?」
事務所に飛び込んだ私に、薫ちゃんが血相を変えて駆け寄ってきた。
「かお……る……ちゃーん」
息も絶え絶えな私は薫ちゃんにギュッと抱きついた。
「こわかったよー。久しぶりに霊に囲まれて、必死に逃げてきた」
「よしよし、もう大丈夫だからね」
てっきり「だから気をつけろって言ったでしょ」と怒られるかと思ったのに、薫ちゃんは優しく抱きしめて頭をナデナデしてくれた。
ああ、やっぱり薫ちゃんのそばが一番安心できる。
忙しなかった鼓動がだんだん落ち着いてきたけど、私は薫ちゃんに抱きついたままでいた。
あれ? でも、何だか薫ちゃんの鼓動の方が速いような?
「だから言ったでしょ! どこまで行ってきたのよ?」
あ、やっぱり言われちゃった。
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