極道の若頭だけどオメガバのある異世界に転生した上、駄犬と龍人族の王に求婚されている。

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「そういえばお前……俺のうなじに噛み跡やら何やらつけてたらしいな。俺はここに来て初めて知ったんだが?」 「お前は俺のものだからな」  当たり前のように告げた啓介に向き直る。心の中で決めていた通りに殴った。 「歯ぁ食いしばれ……」 「いや、食いしばる前に殴られたぞ」  体を前向きに倒して笑った啓介に手を伸ばされ、無理やり抱き上げられる。足が浮くほどの身長差があるのが許せない。 「啓介!」  有無を言わさずに口付けられたから腹が立って、毛髪が抜けるくらいには思いっきり引っ張ってやった。  そんなものはささやかな抵抗だと言わんばかりに、ビクともしない。 「っ、ん、ん!」  突き放そうにも力の差は歴然なので、好きにさせていると呆気なく解放された。 「貞操観念も緩いままか」 「うるせえ。お前にだけは言われたくない。あと、嫁って何だ? そんな約束俺はした覚えないぞ」 「日本に居た時から、噛み跡をつけてたと言っただろう? あれはお前が俺のオメガだというマーキングだ。それにお前にとって俺の存在は都合が良かっただろう? 性欲も発散出来て後腐れなく過ごせた筈だ。俺はお前が望まない事は言わないし、これからも言わない。嫁に来るのも都合の良い契約だとでも思えば良い」  さも当然だと言わんばかりに一息で言われ、一度視線を落とした。  啓介と体の関係を持つようになったのは二十歳あたりからだ。  元々噛み癖があるのは知っているくらいにはあちこち噛まれていたから気にもしていなかったが、うなじも噛まれていたのは気が付かなかった。  ——見えるとこにはつけんなって言ってた筈だ。殺すか……。 「確かにな。これまではそれで良しとしてきたけど断る。俺は今真剣にカイルとの結婚を考えている」 「は? 何でだよ? アイツはどっからどう見てもお前が好きだろうが?」  啓介の顔が不機嫌に歪んだ。 「知っている。告白されたからな。カイルの嫁になるのは俺にとってはメリットがあるんだよ。もう極道でもないし、この世界では前みたいにハニトラもないだろ。だからダラダラとお前に抱かれるのはやめる」  ラーメンと組長に釣られたとは言えずにまた視線を逸らした。  反対に啓介の方が何を考えているのか分からない表情をしているのが気になる。  またチリチリと皮膚を焼くような気を放たれている気がして、若干身構える。  帯刀はしていないが、あの破壊力を一度でも目にすればこの世界の啓介がどの程度の力を誇っているのかは分かる。 「へーー……」  どことなく不穏な空気が流れていた。 「言っとくが孕ませてどうのって考えてるなら無駄だぜ。この体はオメガとして大きな欠陥がある。子宮に損傷があって孕めない体質なんだとよ。医者に診てもらったから確実だ。因みに俺にも治せん。残念ながら世継ぎも産めんぞ、他を当たった方がいい」 「成程な」  正確には本人に治す気がないのかも知れないとは口にしなかった。 「という事で俺はカイルの所へ戻る。お前がここにいるなら遊びには来るわ。でもセックスはしない」  氷漬けの肉体に一度視線をやってから、部屋の出入り口へ向かう。  ここは隣の街って言ってたから何とか歩いて帰れるだろう。  そう考えていると、グラリと視界が揺れて首に痺れるような痛みが走った。  頸椎に手刀を入れられたのだと気がついた時には遅くて、意識が遠くなっていく。 「何の真似……っだ、啓介」 「手離さないと言っただろう?」  啓介が喉を鳴らして笑った。  次に目を覚ました時にもまたベッドの上にいた。  さっきまでとは違って体があまり動かせない。体中が太さのあるベルトのようなもので拘束されていて、ベッド柵に繋がれている。  ——ちっ、油断していた。  啓介がここまでするとは思ってなかった。  体の関係にしろ、ずっと後腐れない淡白な付き合いだっただけにすぐ終われるものだとばかり思っていたからだ。  マーキングしていたって事は、何かしらの理由で執着されていたと考えるのが妥当だった。  単なる嫌がらせだと思っていたのは甘かったようだ。  己の知っている啓介とは何処か違って思えて、視線も逸らさずに啓介を見つめる。 「再度おはようだな、羽琉」 「おい、てめえ……何の真似だ」 「俺の運命の番が他所の男の元へ行こうとしていたからな。一時的に拘束しただけだが?」 「いま運命つった……?」 「そうだが?」  ——そうだが。え? そうだが!?  何を言っているのか理解不能で、半目になったまま啓介を見つめる。  ——何言ってんだ、こいつ。そんなメルヘンちっくな頭の中だったか?  ここにきてまさかの〝啓介違い〟とか、薬でもやってるんじゃないかと思考を巡らせていると啓介が口を開いた。 「アルファとオメガの間でしか成立しない番契約の事を知らないのか? 性行為中にうなじを噛んで契約を交わすと番になれる。番になると発情期になっても自分の番にしかフェロモンを出せなくなるから、他のアルファに襲われる事もない。言っておくが、ベータとは番えんぞ。そして番契約はオメガ側からは解除は出来ない。アルファ側からは一方的に解除出来るが、俺はお前を手離さない。そして話はここからが本題だ。その番にはもっと強い繋がりがあってな、それを運命の番という。理屈じゃない。本能で感じ取って否応なく引き寄せられる繋がりだ。羽琉、俺とお前は運命の番だ」  ——は? 「何言ってんだ……啓介? 少なくとも俺はお前に運命なんて感じた事ないぞ。そんなんじゃなかっただろ、俺らの関係は。悪友なのは認める。俺はお前以上の連れはいないと思ってる。それを運命と言われるのは流石にちょっと…………かなり引く」  鳥肌が立った。  運命なんてそんな乙女めいた思考回路はしていない。寧ろ啓介の口からその単語が出た事に驚きを隠せない。  視線も合わさずに、ギリギリ動かせた範囲内の腕でバツの字を作って鳥肌全開で言うと、啓介は盛大に笑ってみせた。
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