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仕事が終わり、またカイルの部屋で話し合いをしていた。
腰掛けた隣にカイルが腰を下ろしている。
——何か、距離が近くなってねえか?
昨日は正面に居たのに、求婚されてからは手が触れ合いそうなくらいには近い。半目のまま隣にいるカイルを見上げた。
「兄貴、その角度の表情激ヤバ可愛いっすね!」
全身に鳥肌が立った。
「キメェ事言うな……鳥肌立っただろ。そうだ、お前はルオンって街知ってるか?」
「あーー、ルオン。ルオンね、知ってます。殆どの店がソープか、ぼったくり系のキャバやホストやバーっすね。普通の商業施設は珍しいくらいっすよ」
何処か言い辛そうに言ったカイルが、自らの頭に手をやって髪の毛をかき回していた。
「ここから遠いか? あと、この国の移動手段は徒歩か馬車しかないのか?」
買い物に出た時、馬車は遠目に見たがそれ以外の乗り物は見かけなかった。
「そっすね。ただ歩くとなると、野宿しながら最低三日はかかると思いますよ」
「三日……」
その間風呂がないのは辛い。あと、この体で三日も歩ける気がしなかった。森から抜け出た時に二時間歩いただけで疲労困憊状態だったからだ。
まあ、再生能力があるから休憩を入れれば体の負担は治っていたが。それを考えるといけそうな距離ではあるが、一人で行くのはリスクが高すぎる。カイルに着いてきて欲しいところだ。
——ダメだ。カイルには店の手伝いがあるだろ。
どうやって行くべきか考え、今は良い案が思い浮かばずに一先ずは保留する事にした。
先にもっと魔法を自由自在に操れるようになってからが良いだろう。最低限以上には自分で戦える技術を身に付けたい。
考えなしに行くだけ行って、あっさり捕まってまた売りに出されるとかはごめんだ。
***
二週間も経てば、全ての作業に慣れてきていた。
今はもうある程度の魔法は使える。これなら自分から動き出しても良い頃合いかもしれない。
実戦でどれだけ使い物になるか試して見たい気もするが、この町のヤンキーやら半グレっぽいのはカイルと己を見ただけで一目散に逃げるようになっていた。
カイルはデレデレしてばかりで全然本気で相手してくれない。
——つまらん。
もっと骨のある奴と手合わせしたいと願ってしまう。
滞りなく一日が過ぎていき、閉店した後の店内で、掃除をした後でまかないを食べる時間になった。
「兄貴出来たっすよー!」
「俺のラーメン!!」
「本当に不思議な食べ物だな。店でも出してみるか?」
「さすがルドさんっ、お目が高いです! これはおすすめします!」
カイルが作るラーメンは意外と美味しいのだ。店の品書きに追加しても恥ずかしくない。
——今日も一日お疲れ様……俺。
いただきますと手を合わせて、一口目を口に入れようとした瞬間、乱暴に店の扉が開かれる。
「邪魔するぜ~」
「小汚ねえ店だな」
下卑た笑い声と共にチンピラのような輩が六人くらい入ってきた。
その後ろに、でっぷりとした腹をした下品な装飾品だらけの男が立っている。禿げ上がった頭が脂で光っていて眩しい。
——あまり金を持ってるようには見えねえなこの成金ジジイ。使いっ走り……良くても仲介役ってとこか?
吹聴させたのは裏にいる奴を誘き寄せる為だったが、どうやら失敗したみたいだ。
「すみませーん。もうラストオーダー終わりましたー」
どう見ても客じゃないのは一目瞭然だったのに、カイルが態とらしく声掛けをする。
その横でラーメンを啜ろうとしていると、チンピラの一人にテーブルごと叩き割られて全てが床へと転がった。テーブル諸共器もラーメンも無惨な姿へと変わり果てている。
「ルドさん! ラーメンかかって火傷してないですかっ!?」
「大丈夫だ」
「良かった」
胸を撫で下ろす。
「こんなとこに隠れてやがったのかレヴイ。ほら帰るぞ」
「…………」
椅子に腰掛けていたところを、ハゲ親父に腕を引かれて前のめりになる。
「は……? 誰だ……てめえ」
「本当に記憶喪失か。二週間分の損失も取り戻さなきゃいけんからな。喜べたくさん客をつけてやったぞ」
無惨な姿になって床に落ちたラーメンを見つめる。ハゲ親父の言い分などもはやどうでも良かった。
「俺の……ラーメン……」
掴まれていた腕を引いた反動もつけて飛び上がり、男の鼻っ柱に膝をめり込ませる。
——そろそろ何かしらアクションがあるとは思ってたけど見当外れもいいとこだな。
レヴイが買い取られていて無理やり売りをさせられていたのは、考えていた通りだった。それに対しては言い表しようのない怒りが込み上げてくる。
プラス、ラーメンを台無しにされた事と店の備品を壊された事に腹が立ち過ぎていた。
チンピラの後ろからも三人の屈強な男たちが現れて、舌打ちする。
この人数ではカイルがいても分が悪い。しかもルドが大切にしているこの場所で好きに暴れるわけにはいかない。
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