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「はぁ、疲れた」
長かった会議が終わり緩んだ空気に思わずため息が漏れる。ため息は体が緊張して呼吸が浅くなっている時に、緊張を緩和するために出るらしい。ただでさえ普段から長い会議が予定より1時間も長引いたのだから、疲れるのは当然だ。
肩をぐりぐりと回しながら歩き、自分の席に戻る。部屋を見渡せば、ズラズラと並んだ机にドッサリと積まれた書類が目に入った。この光景を見るだけで、一段階肩が重くなるように感じる。
さっきまで会議でずっと座っていたのに、また座るのか。一日中デスクワークをするのは苦手だ。
「清水、お疲れ」
後ろから声をかけられて振り向くと、伊東主任が立っていた。その両手には缶コーヒーが握られている。
「会議長くて疲れたよな。ほら、これやるよ」
「うわっ」
右手に持っていた方の缶を投げられて、慌てて手を伸ばす。私が好んでいる、いつものメーカーの微糖のコーヒー。毎日のように飲んでいるからか、主任にはすっかり好みを把握されている。
「ナイスキャッチ」
イタズラっぽく笑った主任がそのまま離れて行こうとするので、慌てて引き留めた。
「待ってください! お金払います」
「だから、いつも言ってるだろ。そのくらい大した金額じゃない」
「あ、ありがとうございます。ごちそうさまです」
主任は時々飲み物をくれるが、いつもどれだけ言ってもお金を受け取ってもらえない。最近はそのことを段々と理解してきたため、それ以上は言い募らずに素直に受け取った。
主任は私のお礼の言葉に、ブラックコーヒーを握った左手を軽くあげた。そんなちょっとした仕草に胸が高鳴る。
いつも気にかけてくれる上司に好感を持たない理由なんてあるだろうか。もしかしたら主任も私のことを、なんて考える時もあるが、いつもそんなわけはないと打ち消していた。
新入社員にも親切で人気な彼のことだ。部下に時々コーヒーを渡すなんて大したことではないだろう。薬指に指輪は光っていないが、同棲している彼女くらいはいるかもしれない。
そのまま悪い方向にズンズンと進んでいきそうな想像を慌てて振り払う。微糖のコーヒーは、いつもより少し苦かった。
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