求婚の歌

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 今日はノー残業デーだ。  何とか定時までに仕事を片付けることができて安堵した。帰り支度をしながら、この後どうしようかと考える。冷蔵庫の中に今日が消費期限のものはなかったはずだし、どこかで食べて帰ってもいいかもしれない。 「お疲れ。気をつけて帰れよ。前に変な気配がしたって言ってただろ」  カバンを手にエレベーターに向かう途中ですれ違った主任からかけられた言葉に、疲れが吹っ飛ぶ。我ながら単純だなぁと笑いながらエレベーターのボタンを押した。  確かにストーカーのように誰かがついてくる気配をたまに感じることもある。しかし、家の近くまでついてきたかもしれないと感じたのは一度だけだ。大通りを通って帰れば大丈夫だろう。  乗り込んだエレベーターに、途中の階で同期の久保が乗ってきた。  彼は入社してからめきめきと頭角を現し、社内でも注目されている。同期としては誇らしい気持ちもあるが、同時に負けていられないと刺激をもらっている。 「お、なんだか久しぶりだね。清水も今から帰るの?」 「久しぶり。うん、久保も?」 「そうなんだよね。ね、良かったら今から飲みに行かない?」 「もちろん」  久しぶりに会った同期に気分が上がる。元々外食をして帰る予定だったのだ。一人きりの時よりも、誰かと食べる時のほうがおいしいに決まってる。  即答した私に、久保は目を輝かせた。 「よし。おれ、最近気になってた居酒屋があるんだけどさ、一緒に行かない?」 「焼き鳥? いいね」  久保が素早くスマートフォンを操作して画面を見せてくる。画面いっぱいに映る焼き鳥の写真に、ひとりでに口の中に湧いた唾液をこっそりと飲み込んだ。 「んん、決まりね!」  少し喉に引っかかりがあるように咳払いをした久保は、気まずそうに笑った。 「昨日風呂ではっちゃけすぎたんだよね」 「なに、お風呂の天然カラオケで熱唱でもしたの?」 「ま、そんなとこ!」  社内でイケメンともてはやされている彼は、人懐っこそうにニッと笑った。
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