年上の男

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 懲りずに口を開けようとしたカリオの顔の前で、ローシュは手のひらを向けるジェスチャーをする。ストップという合図だ。 「話したいことがあるなら、質問ばかりでなく簡潔に言ってくれ。俺はこのあとエアルに用があるんだ」  ローシュの要求に、カリオは俯く。 「す、すみません……」 「謝らなくていい。話したいことが無いならもう行っていいか?」  ローシュの体と足先はすでにエアルがいる方を向いている。カリオはおずおずと「引き留めてしまってごめんなさい」と言い、寂しそうな背中を向けて廊下の先へと走って行った。  ローシュはそんな弟の背中に気にも留めない。一直線にこちらへと向かってきて、「ちょうどよかった」とはにかんだ。 「今まさに会いに行こうとしていたんだ」  カリオの気持ちを考えると不憫だ。エアルは目の前にやって来た男に対し、わざとらしく大きなため息をつく。 「話したいことがあるんじゃなくて、どんな話題でもいいからあなたと話しをしたかったんでしょうに……」 「俺と? エアルは俺と話したいのか?」 「違いますよ。カリオ様です」 「カリオが俺と? なぜ?」  ローシュは不思議そうな顔をして首を横に傾げた。 「家族と話したいと思う気持ちに理由が要りますか?」  ローシュは本気でわからないのか、「エアルはたまに難しいことを言うな」と別方向に関心を示した。  弟・カリオに対してのローシュの関心の無さは、父であるレイモンドとそっくりだ。正確にはレイモンドほど冷たいものではないし、父とは違って話しかけられれば無視もしない。  だが、血の繋がった家族に対する熱量がローシュとカリオではあまりに差があるのだ。  傍から見ていて思うのは、ローシュは家族であっても自身が相容れないと思えば距離を取るのに対し、カリオは家族であればより繋がりを重視したいと考えている節がある。  父のレイモンド王に対してもそうだ。ローシュは子どもの頃こそ接触を試みようとしていたが、今となっては血の繋がった他人というように父親の話題を自らは口にしなくなった。逆にカリオはよく執事のアンドレや侍女に対し、父と兄は今何をしているのか等、毎日のように尋ねているらしい。  変な親子関係、兄弟関係だとは思うが、所詮自分には関係ない。鈍感なローシュにこれ以上遠回しに指摘しても無駄だと思った。 「ところで私に用事があると仰っていましたが、すぐに済む内容でしょうか?」  早く庭師のところに行きたいのだ。どうせ次の夜伽の件についてだろうと、エアルは気乗りしないながらも本題に突っ込んだ。 「ああ。これをエアルにあげようと思ってな」  そう言って胸ポケットから差し出してきたものを見た瞬間、エアルは眉間に皺を寄せた。  ローシュの手の上にあったもの――それは、小さなサファイアのネックレスだった。先日ローシュが誕生日を迎えた夜の祝賀パーティーで、記念品として各要人に配られたアクセサリーだ。  ザウシュビーク王国の北にある鉱山でよく採れるその宝石は、透明な碧色が神秘的で、国の主要産業の一つとなっている。とはいえ、その宝石を身に着けることができるのは王族か、はたまた王族に認められた貴族や各国の要人クラスだけだ。  人間社会の階級制度なんてフリューゲルの自分にとってはどうでもいいことだし、くだらないと鼻白む。が、仮にも自分は教育係なのだ。城の常識として考えると、自分のような立場の者が身に着けるどころか、手にしていい代物でないことは明らかだった。 「このネックレスをどうなさったんですか?」 「これを作った金細工の職人から記念に一つもらえたんだ。でも俺に碧色は似合わないからな」  続けてローシュは目を伏せて、狭まった喉を広げるようにンンッと一つ咳をした。珍しく恥ずかしそうだ。目が微かに泳いでいる。 「その宝石を見たとき、エアルの瞳を思い出した。それで……」  おまえにプレゼントしたくなった、とローシュは語尾を小さくして口にした。 「プレゼント、ですか」 「ああ。碧はエアルの色だからな」  色は自然や物体自体が発するものであり、物体が反射して人間の目に見せている光のことだ。誰のものでもないはずなのに、ローシュは断言する。  エアルの頭の中には、たくさんの『?』が浮かんだ。何度考えても、ローシュが自分にこのネックレスをプレゼントする理由がわからなかった。  なんて言葉を返そうか考えているうちに、「受け取ってくれ」と左手を奪われ、その上にネックレスを乗せられる。重みのある宝石が、エアルの手の皺にフィットする。 「じゃあな」  気づいたときには、ローシュは廊下の先を歩いていた。えんじ色のカーペットを踏むローシュの足音が遠のいていく。  高価なものだ。持っているだけで肩が凝る。左手のアクセサリーを今すぐ手放したかった。  エアルはため息を足先にこぼし、角を曲がる男の背中を見送った。
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