年上の男

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「そうだよな。贈り物なんか、効かないよな」  ローシュは独り言を呟くと、ネックレスを乗せた手でぎゅっと拳を握った。 「あの、ローシュ様」 「何年見ていたと思ってるんだ。こんな古典的な方法で、エアルの心が俺に向かないことぐらいわかってたさ」 「ちょ、ちょっと待ってください」  エアルの制止を無視して、ローシュは苦笑する。 「でも、試してみたっていいだろ?」  とりあえず一方的に喋る男の口を止めたかった。これ以上口を開かせたらまずい気がする。 「ローシュ様は何か勘違いされていませんか?」 「勘違い?」ローシュが首を傾げる。 「私から大人の洗礼を受けたことで、勘違いされているんですよ」  誕生日のあの夜を境に、ローシュの気持ちが自分に向けられているんじゃないかと薄々勘付いていたことは事実だ。ただ、大人の洗礼を経て自分に好意を寄せてくる王族は過去にもいた。  今回もそうならないために、ローシュが幼い頃から一歩どころか二歩も三歩も引いた態度で接してきたつもりだった。それなのに、一体どこで間違えたのだろうか。  自分的には思い当たる場面がない。エアルは歯嚙みした。 「そうか……今のエアルの目には、俺の気持ちが勘違いに見えているんだな」  ローシュは顎に指をやり、一人納得する。 「あのですね、勘違いに見えているんじゃなくて勘違いなんですよ。あなたより何年生きていると思ってるんですか」 「四百年以上だろ?」  ジジクサ発言で牽制したつもりだが、ローシュは大真面目に返してくる。 「勘違いだって言われても、俺は諦めないからな」 「子どもの言う事は聞きません」 「俺だって二年後には成年王族だぞ。子どもじゃなくなる」 「はいはい」  エアルはため息とともに適当に返事した。  本気にするだけ無駄だと思った。成年王族になれば、ローシュを取り巻く環境は大きく変わる。自分に好意を寄せていたことも、いつか忘れるだろう。十八歳なんてそれぐらい子どもだということも、ローシュはいつか知ることになるだろう。  面倒だけど、王子から好意を寄せられることも仕事のうちか……と諦める。エアルはランタンの火にフッと息を吹きかけて消した。  一番の懸念材料だったアクセサリーを返すことができて、とりあえず肩の荷が下りた。 「言いたいことは終わりましたか? 私は早く休みたいんです。あなたも城に帰ってさっさと寝てください」  窓から離れようとしたエアルを止めたのは、 「あと一つだけ!」  と叫ぶローシュの声だった。 「まだ何か?」 「エアルはどんな人間の男が好きなんだ?」 「はい?」 「あ……もしかして女の方が良かったりするか?」  フリューゲルが他者を愛するとき、そこには男も女も関係ない。もちろん生殖が可能なのはフリューゲルでも男女間に限られるが、この国で唯一存命するフリューゲルは自分だけだ。対象になるはずの女はいない。  かといって、抱かれているから人間の男が好きというわけでもない。この城に囲われるようになってから、人を愛したことなどエアルにはなかった。  エアルは相手からの問いに、悪い意味で「べつにどちらでも」と答えた。 「どっちでも……か。つまり男の俺にも勝機はあるということだな」  良いように捉えたいのかバカなのか知らないが、ローシュは勝手に都合のいい解釈をする。訂正するのも煩わしく感じている中、ローシュがまだ何か訊きたそうにこちらを見ていた。  この調子じゃ、納得のいく回答ではなかったのだろう。早く帰ってほしくて、ローシュはふと思いついた答えを口ずさむ。 「あえて申し上げるなら、年上ですね」  ローシュはポカンと口を開け、「としうえ?」と復唱する。 「ええ。余裕のある年上が好きです。懐が深海のように深く、私よりも世を多く知り、空を高く自在に飛ぶことができる――そんな相手だったら、心を動かされるかもしれません」  エアルは月夜の空を見上げた。  我ながら意地悪な答えだ。ローシュはどう頑張ってもエアルとの年の差は埋められないし、空を飛ぶことだってできないのだ。  正反対のタイプを示されたローシュには酷な答えだろう。だが、それだけ自分はローシュにとって無謀な相手なのだと知らしめたかった。  ローシュは「そうか」と肩を落とした。これだけ脈がないことを示せば、さすがに諦めもつくはずだ。人間の気持ちなんてあっけないものなのだから。 「さあ。いい子ですから早くお帰りください」  この話はこれでおしまいというように、エアルはローシュに向かって教育係らしく諭した。  エアルの意図がようやく伝わったらしい。ローシュは木に括り付けていた馬繋ぎを解き、帰り支度を始めた。 「夜遅くにすまなかったな」  黒馬の背に乗る。座高が高くなったローシュとの距離がわずかに縮まる。 「エアルの好みが聴けてよかった」  ローシュはふっと笑みを浮かべると、手綱をグイッと引っ張ってゼリオスの上体を起こした。大きく体を翻した馬とともに、颯爽と城へ戻っていった。  
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