長い気の迷い

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***  エアルが解放されたのは、朝方だった。  結局一晩中、レイモンドの乱暴は続いた。衰えることを知らない精力と暴力を一心に浴びた体は、終わる頃には指一本さえ動かすのがしんどかった。  わずかに残っていた体内の魔力も、明け方には完全に底をついた。自身を回復させる呪文も唱えることができない。エアルは隣で寝息を立てて眠る王の傍で、ベッドに手をつきながら上半身をゆっくり起こした。全身が地面に叩きつけられたみたいに痛い。 「うっ……」  行為中、下唇を強く噛んで痛みに耐えた。自身の歯型がついた下唇は、血の味がした。  翼を折られるまではいかなかったが、行為の最中に強く掴んでくる王の手に羽根を毟られることは度々あった。無理やり引き抜かれた根元がジンジンと痛む。眉をひそめながらベッドを立ち、ローブを肩に羽織って傷だらけの肌を覆った。  寝室の前に待機している侍女に王がまだ眠っていることを伝えたのち、王の寝室を後にする。  魔法が使えないのだ。ローシュの寝室に向かう前に小屋へ戻り、薬草で傷を癒したかった。が、そうなればさらに時間がかかってしまう。  とにかくローシュの寝室に向かわなくてはという一心で、エアルは足を前に動かした。  ローシュの寝室の前にたどり着く頃には、廊下の窓から朝陽が射し込んでいた。  ここ最近は小屋を空けることが多い。毎朝餌をやっているエナガのために、麦や米などの穀物を入れた木箱を先日小屋の(ひさし)に取り付けた。彼らがひもじい思いをしていないとよいのだが。睡眠不足で朦朧とする頭が、そんなことを考える。  寝室の前で足を止め、「ローシュ様」と呼び、軸の定まらない手で扉を叩いた。 「私です。エアルです。遅くなってしまい、大変申し訳ございませんでした」  遅くなったどころではない。約束の時間をとうに過ぎているだけでなく、日付まで変わっているのだ。  いつまで待っても来ない自分に呆れ、とっくに寝ているかもしれない。いや、ローシュのことだ。さぞかし機嫌を悪くしているに違いない。  憂鬱だった。ローシュになんて言おうか。ちゃんと自分はローシュの元へ行くつもりだったこと、ローシュの寝室に向かっているときに王に呼び出されたこと、大幅に約束の時間を遅れてしまったこと――。  とにかく謝るしかないと思った。不本意だが、約束を破ってしまったことに変わりはないのだから。  どんな風に責められても、素直に謝ろうと思った。今回ばかりはさすがに罪悪感が沸いた。機嫌を損ねたローシュが満足するまで、存分に奉仕しようという気持ちでいっぱいだった。  しばらくすると、寝室の中から「入れ」と低い声に命じられた。音だけで相手がいかに不機嫌であるか察する。 「失礼いたします」  エアルは恐る恐る扉を開け、中へと入った。  ローシュは窓際のチェスターフィールドに脚を組んだ体勢で腰掛けていた。不機嫌そうに角度を鋭くした目は充血し、その下には隈ができている。まだ城全体が静寂に包まれた朝方だ。寝衣ではなく、いつも日中に着ているシャツに身を包まれた姿がちぐはぐに見えた。  ローシュの横をちらりと見る。ピンと張られたベッドシーツに潜り込んだ形跡はない。サイドテーブルの上には満杯に水の入った透明のガラス瓶、そして二人分の銀グラスが置かれている。 「寝ていらっしゃらなかったのですか?」  口をへの字に曲げている男に視線を戻す。組んでいた脚を解き、ローシュは立ち上がってツカツカとエアルの目の前までやって来る。文句を言われるだろうと身構えていると、肩に羽織っていたローブを剥がされた。 「ちょっ、何を――」  奪われたローブに手を伸ばす。だが痛みに支配された体は言う事を聞いてくれない。その場で転びそうになったところでローシュの右腕に抱きかかえられた。  ローシュにとって、エアルの体は赤子のように軽いものなのだろう。ローシュはエアルを軽々と抱きかかえたまま、ベッドに移動した。  皺ひとつないシーツの上に転がされる。ローブを奪われたため、レースの下着に覆われた下半身以外、全身の肌が男の目に晒される。 「ローシュ様がお怒りになるのも重々承知しております。本日は時間の許す限り、あなたにご奉仕させていただきますので……」  エアルは痣や傷だらけの上半身を起こし、相手のズボンの上から性器に触れた。最初は萎びていたそこも、手を上下に往復させると一瞬にしてズボンの下で主張を始めた。  衣服を盛り上げる欲望を慰めようと、ズボンに手を掛ける。男のズボンを下げようとしたそのときだった。
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