大人になる洗礼

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***  ローシュの生誕を祝う式典は、午前中のうちに滞りなく終わった。  正午にはローデンブルク城の周辺に集まった老若男女の国民に対し、王城のバルコニーに立ったローシュから挨拶があった。例年のそれと似たり寄ったりな文言を喋っているだけなのに、ローシュの話に耳を傾けている国民の眼差しは皆真剣そのものだった。  ローシュは大国間の戦争を止め、フリューゲルを保護した国の英雄・アリック王に似ている、と国民の間ではもっぱら人気が高いそうだ。侍女たちがそう噂している所を、エアルは通りがけに耳にしたことがある。  確かにローシュは、エアルの記憶の中にいるアリック王に似ている部分がある。周囲を自分のペースに巻き込む勢いの強さやカリスマ性においては、アリック王を連想させるかもしれない。  でもそれは、実際にアリック王に会ったことのある自分だけが知ることだ。現代に生きる国民たちが比べているのは、所詮教科書に載るアリック王の肖像画に過ぎない。  ローシュと話す機会もなく、あっという間に夕方になる。祝賀パーティーが始まったのは日が沈む頃だった。  シャンデリアが天井に輝く大広間に、ローシュの生誕を祝うため各国の要人が集められている。煌びやかなドレスや衣装を着た大人たちが、食事やお喋りを楽しんでいる。上品に弾む声に乗せて演奏家たちが音楽を奏でる中、エアルはパーティーの開始早々、外のバルコニーに一人逃げた。  エアルは今日、式典や祝賀パーティーに来賓として参加した。他にもローシュの教育を任されてきた教師たちがパーティーに参加しているようだが、エアルはその誰ともあまり話したことがない。  そもそも人が集まる場所は、いろんな声や感情が肌から感じられて息苦しいのだ。まるで水を与えられ過ぎて枯れてしまう植物のように、背中の翼と心が重たくなってくる。  それに夜の準備もまだできていない。ローシュの望み通り今日はすべての行事に参加したことだし、肝心のローシュは要人たちから贈られる祝いの言葉に阻まれ、エアルがどうしているかなんて気にする暇もないはずだ。祝賀パーティーぐらい、途中退席しても許されるだろう。  エアルはちょうど目の前を通った給仕を呼び止めた。相手の盆の上から水の入ったグラスを取って飲み干す。「ありがとう」と空になったグラスを盆の上に戻し、バルコニーから空気の薄い大広間を抜け、廊下に出た。  この後、神聖な血が流れている王族に身を捧げるのだ。汚れたままの体を差し出すわけにはいかない。  エアルはパーティーが行われている西塔から、東塔にある湯殿(ゆどの)へ向かうため廊下を渡った。  東塔の地下にある湯殿は、本来王族だけが使用できる間だ。だが、王族と交わる直前のみ、身を清めるためにエアルもそこを使用することが許されている。  ローブを脱いで湯殿に入ったあと、エアルは洗い場で長い銀髪を洗ったのち、ヘアオイルを髪の先に塗り込んだ。油分が髪に浸透するまでの間に、時間をかけて石鹸を泡立たせる。作り上げたきめ細かい泡で首や腕、爪の間から足の指の間まで……自身の体を念入りに洗えば、準備の終わりも同然だ。  洗い場の床に掘られた浴槽は、半地下になっている。大理石で造られた五段ほどの階段を下ると、温かい湯がエアルの肩から下をじんわりとほぐしていった。  体が十分に温まってから、エアルは浴槽の縁に手をかけた。壁や天井に張り巡らされた大理石に水滴が光る。イランイランの甘い香りを乗せた湯気が鼻腔をくすぐる。強制的に淫靡な気分を高めていくように、エアルは小瓶に入った香油を手に垂らしつつ絡ませた。  香油に濡らした自身の指を、後ろの蕾につぷりと差し込めば、あとはいつものように動かして広げるだけだ。 「んっ……」  喉の奥から甘い声を絞る。くちゅくちゅと後孔をほぐしていくにつれ、下半身に血液が集まる。全体がジンジンと熱くなってくる。  初めての相手を受け入れるときに緊張していたのは、最初の三人ぐらいだっただろうか。未経験の王子に性技を教えるのも、気づけば自分にとって当たり前の仕事となっていた。  それでも王族に男児が生まれるたびに、翼の羽根を一本ずつ抜かれていくような気持ちになった。  ローシュが生まれたのは、雲一つない夏のある日。空が高く、湿気もない。風もない。まるで太陽が祝福しやすいように空が計らったみたいな、そんな晴れた日だった。  ああ、自分はいつかこの子を大人にするときがくるんだな。  どこまでも真っ青に晴れ渡った空を見上げながら、エアルは諦観した気持ちで、赤子の泣く声を聞いた。
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