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 ブリジッタは、伯爵家のひとり娘だった。王宮の近衛騎士だった父と愛情深い母との間で、愛されて育った。  歌が好きで、本格的に教師までつけてもらっていた。そのころのブリジッタは、歌うと誉められていたし、歌ってさえいれば幸せだったのだ。  なにひとつ不自由ない生活。  幼いころから決まっていた、同じ年の婚約者との仲も良好。侯爵家の令息だった彼も、ブリジッタの歌を喜んで聴いてくれたものだった。  おとなになったら、彼と結婚して子どもを産んでお母様のようになる。そして、時々、サロンで歌声を披露する ―― そんな未来を、当時のブリジッタは疑ったこともなかった。  だが、12歳のとき、ブリジッタの人生はかわった。  この世界の貴族はみな、神からなんらかのスキルを与えられる。  貴族の子どもたちは、12歳になるといっせいに教会の儀式を受け、スキルを授けられるのだ。  どんなスキルなのか。はっきりするのは、儀式のあと、それが発現したとき ――  ブリジッタのスキルが初めて発現したのは、儀式が終わり、教会から出たときだった。  外で父といっしょに待ってくれていた母を見たとき、ふいに詞とメロディーが頭のなかに浮かんできたのだ。  最初はそれを、いつものようなデタラメ歌だと思った。ブリジッタはよく、考えつくままにその場限りの歌をうたうことがあったから。  だからそのときも、頭のなかの歌を口ずさんだ。ブリジッタにとっては、いつもどおりのこと。  だが、次の瞬間。母親は顔色を変えてブリジッタをにらみつけ、そのそばで父親は、戸惑って己の妻と娘とを交互に見ていた。  そのときの父親の顔を、ブリジッタは忘れられない。驚き、疑い、憎しみ、けれども信じていたい ―― すべてがないまぜになった仮面のような無表情のなか、ブリジッタと同じ色の瞳だけがウロウロと動いていた。  ブリジッタが歌ったのは、凛々しい騎士に恋をして、両親に頼みこんで結婚させてもらった、公爵家のお姫様の物語だった。
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