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 ―― 権力を使って無理やり結婚した。愛されていると己に言い聞かせながら、子どもを産んだ。  だが、騎士の想いを繋ぎとめることはできなかった。騎士には結婚前から恋人がいたのだ。  姫は次第に心を病んでいった。  そしてついに、人を雇って夫の恋人に毒を盛らせ、殺してしまう。  悲しみに暮れる夫を優しく慰めながら、姫はひっそりと微笑んだ。  それからずっと、お姫様は幸せに暮らすのだ。幸福で愛情深い妻として、母として。  彼女の狂気を知っているのは、夫に近づこうとして殺された女たちだけ ――  ブリジッタの歌が真実であったことは、やがて明らかになった。  ブリジッタの母親は、嫉妬から幾人もの女を殺した大罪人として処刑された。父親は責任をとって爵位を返上し、田舎に隠居した。  ブリジッタの婚約も、当然のように白紙にかえった。  こうして、ブリジッタの家は没落した。  原因を作ったブリジッタに、父がつらく当たることはなかったが ―― それが、父らしい正義感によるものだということを、ブリジッタはわかっていた。  理屈や意思の力では、どうしようもない、憎しみ。  それはいくら否定し、隠そうとしても、言動の端々に、にじみでてくるものなのだ。  ブリジッタは、長かった髪を切った。  重いドレスを脱ぎ捨て、家を出た。  すべてが、憎くて仕方なかった。  父も、母も、すべてを壊したスキル 『人生の歌』 も、それを与えた神も、自分自身も ――  だが、どんなに憎んでいても、ブリジッタは歌うことを手放せなかった。  歌っているときだけは、ブリジッタはすべてを忘れることができた。自分自身から、逃れることができた。  それに現実問題として、ブリジッタは歌う以外に食べていける(すべ)を持たなかったのだ。  歌とブリジッタの関係は、ブリジッタの父と母の関係と似ている ――   ブリジッタの心が、かつての母親と同じように壊れてしまわなかったのは、旅を続けるうちに気づいたからだ。  『人生の歌』 が人を傷つけるとは限らない。   それは、ただ生きるためだけに細々と日々を送っている多くの人を慰め、静かに勇気づけるものでもあったのだ。  そうした人たちの人生からうまれる歌の響きの美しさは、ブリジッタの傷ついた心を癒してくれた。  憎しみはまだ、ブリジッタのなかに居座っていて、いつになったら消えてくれるのか、わからない。  それでも、ふとした瞬間に、ブリジッタは思うようになっていた。  わたしの人生も、いつかは美しい歌になるかもしれない、と。 
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