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「お代はいりません」  ブリジッタは涙をぬぐい、微笑んだ。 「きちんと、歌えなかったので」 「そうかな? 私は、嬉しかったよ。ブリジッタがはじめて、私だけのために歌ってくれたと思った」  意外なことを言われた、と目を丸くするブリジッタの肩を、エリオはそっと抱きしめた。  ―― 12歳のときエリオに発現したスキルは 『探宝』 。大切なものを知り、探しあてる能力だ。  その能力で知った。  両親の大切なものは、家の名誉と栄光、安楽な未来。  新しい婚約者の大切なものは、優しい夫に愛されて送る、豊かで人に羨まれる生活。  どれも人として当然の望みだと、エリオも思う。  けれど彼らの大切なもののなかに、エリオの大切なものはなかった。  贅沢な服や豪華な食事、人々の羨望の眼差しや、上っ面な尊敬の態度。そんなもので、心が満たされたことはない。  エリオの心に響くものは、ただひとつ。どんなときにも歌への愛を持ち続けていた、あの少女の ――  「吟遊詩人(バルド)失格です。歌の心に沿えずに、自分の気持ちを出してしまうなんて」 「けれど、私の心には響いたから。私の歌で間違いないね、ブリジッタ?」  戸惑いつつもうなずくブリジッタを、エリオはしっかり抱きしめなおす。 「お代がいらないなら、かわりに私も歌おう。ブリジッタほど上手ではないけれど。愛する人に、心を捧げる歌だから」  エリオの喉から、かすれた声が漏れた。  hiE(最高音)になり損ねた、ひび割れた音から始まる、遠い昔の歌 ――  たちまち、ほんのりと赤みがさしたブリジッタの頬を、新しい涙が伝っていった。   (おわり)
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