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食パンを買った。何も付けずに美味しく食べられるよう、デニッシュ生地の食パンにした。家で食べる用にカレーパンも買った。
もうすぐ10時。店が開く時間のため、駅前は人が多かった。この中を走って1人にぶつかるのは難しいから、少し歩いて駅から離れる。
住宅街にあるT字路で足を止めた。
「こことかいいんじゃないか?」
「そうだね。人も全く歩いてないわけじゃないし」
俺が走り出す位置を充に指定される。
「いいか、思いっきり走って突っ込むなよ。軽くぶつかってわざと尻餅つけ。相手が痛がって『大丈夫ですか?』って手を差し出さなかったら困るからな」
「……実際にやるってなると、本当にヤラセみたいだね」
「だれも実際にやる想定でこのシーンを描いてないだろうからな。一応車が来ないかも俺が見ておくけど、夏樹もすぐに止まれる速さで走れよ」
「そうだね。すぐ止まれる速さで走って大袈裟に尻餅つけばいいんだね。……当たり屋みたい」
「まぁ、変わらないだろうな。じゃあ俺は曲がった先から見て、走り出すタイミングでスマホ鳴らすから」
充は手をヒラヒラさせて角を曲がった。完全に見えなくなる。
手に持っている食パンにかぶりついた。いつ指示があるか分からないからスタンバイしておく。デニッシュの甘く香ばしい香りに負けて一口飲み込んだ。美味しい。一口食べたら、もっと食べたくなった。これ以上食べて走り出す時になくなってしまわないように、指示が来てから咥えることにする。
まだかまだかとソワソワしながら10分ほど待ってスマホが鳴った。相手を確認すると充。パンを咥えてゆっくり走り出す。
相手を確認もできないくらいタイミングよく、人が角から表れてぶつかった。その場で尻餅をついた。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
掛けられた声は優しい。差し出された手は大きい。手を乗せると掴まれて、立ち上がらせてくれた。視線を上げると柔和な笑顔の美形。
思わずうっとり、とするわけもなく思いっきり手を払ってやった。
「何で充なんだよ!」
「だって、全然夏樹好みの相手が現れないから。俺が1番夏樹の好みに合っているから、俺でいいかなって。どうだった? ドキドキした?」
「最初はすごくキュンとしたけど、充でガッカリだよ。声、作るなよ。俺のトキメキを返せ」
「そうか、残念だ」
肩を竦めるが、全く残念と言う顔をしていない。
「よし! 次やるよ!」
「まだあるのか?」
「うん、次はイケメンの前でハンカチ落として拾ってもらうと思って。これなら自分で相手決められる。駅前でターゲット探すよ」
「オッケー」
デニッシュ食パンを食べながら駅前に戻る。
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