The Chim-dren

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 そのうちにたどり着いたのは、太い杉の木の前だった。ベンチ代わりにちょうどいい長方形の石が置かれており、そこで二人並んで休憩することになった。 「若いんだから、いっぱい食べなさい」  清水さんは手作りと思われる大きなおにぎりを三つ、リュックから出して渡してくれた。 「鮭と、昆布と、わかめだよ」 「清水さんは召し上がらないんですか」  ラップを剥きながら尋ねたが、彼は首を横に振る。 「歯が無くて食べられねえの」  彼は口を「い」と発音する時の形にした。  黄ばんだ歯がドミノのように間隔を空けて立っている。指で押せばぽろんと倒れてしまいそうだ。 「家帰ってお粥か蒸しパンでも食べりゃいいんだから。食も細くなったしね」 「それなのにお丈夫なんですね」 「そのへんの若いのより丈夫よ。やっぱり、歩くのが一番だね。高知に住んでる娘には怒られんだけど、この山だって毎日登ってるよ」  握り飯を私が完食するや否や、清水さんは立ち上がってまた歩き出してしまう。私もペットボトルにわずかに残った麦茶を口に含み、慌ててついていく。  すでにへとへとの私とは打って変わって、十歩先を行く爺は疲れている様子を微塵にも見せない。それどころか山の中腹を過ぎ、私の顎が前にでるようになってから、さらに歩行速度が増したような気がする。  私も職業柄よく歩いてきたつもりだったが、清水さんの健脚ぶりにはとても敵わなかった。  山道の途中で、清水さんがふいに足を止めた。  しかし太い杉も、見晴らしの良い景色も何もない。これまでと同じような山林が広がっているだけだ。  そう思って首を傾げたのだが、よく見てみれば、二本の木に挟まれる形で(ほこら)が置かれていた。大人の膝くらいの高さしかない、小さな石組だ。案内役がいなければ、きっと素通りしていただろう。 「着いたよ」  清水さんはくたびれたタオルで汗を拭って祠を指す。私はつい「こんなところが?」と言いそうになり、言葉を飲み込んだ。  煙突と呼ばれているはずだが、賽銭箱も鳥居も無い。  しかしやはり誰かしら訪れているようで、子どもが好むような菓子の小袋や、しなびた蜜柑が石の上に置かれていた。  清水さんはポリ袋を出し、慣れた手つきで供えものを回収していく。  この場所をきれいに保つためには必要不可欠の行為である。それは若輩者である私にも理解できていたのだが、清水さんは「俺が片付けてやんなくちゃいけねえの」と言い訳するように説明した。 「には、申し訳ねえけどさ」  木々をくぐって吹く爽やかな風が、首筋の汗を乾かす。  私は帽子のつばを両手で押さえた。
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