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「――ロープが張ってあるだろ。禁足地だから、あそこは」
清水さんが指した方を見やる。
祠のすぐ後ろに生える二本の木。それぞれが、太いロープで縛られている。ロープは向こうまでのび、また途中途中で他の木を縛っていた。
平行した二本は、ずっと奥まで続いていて終わりは見えない。ロープで囲われたその土地に、チムドレンたちの煙突が倒れたそうだ。
ロープで示された禁足地は、山の麓のほうまでのびているのだと清水さんは説明する。
鉄道会社の敷こうとしている線路とこの禁足地がわずかに重なってしまうがために反対運動が起きていて、今日にいたっても延伸計画を進めることができないのであった。
許可を貰って、祠や禁足地をデジタルカメラで撮影し、来た道をまた戻る。
山道が終わり、コンクリート敷きの道にようやく出て、そして私はまるで大昔のコメディ映画のようにつるりと足を滑らせた。
勢いよく尻もちをついた私を見下ろし、清水さんはからからと笑った。
またしばらく道を進む。
やっと駐車場が見えてきた。
「こんにちは!」
清水さんが前方に向かって片手を上げる。
駐車場から出てこちらに向かって歩いてくるのは、夫婦らしき男女だった。
二人とも、三十代後半くらいだろうか。身に着けているジャージやスニーカーや髪型が小洒落ていて、(地元民には失礼ながら)このあたりの人間ではないように見えた。
「これから登るの? さっさと行って、さっさと下りてくるんだよ。暗くなっちまうから」
清水さんは気さくに話しかけているが、知り合いというわけではなさそうだ。
「この人なんか、さっきこけたの。気をつけてよ」
夫婦に真剣な顔で「大丈夫ですか」と心配されてしまい、私は顔を赤く染めて笑うことしかできなかった。
その後二言三言交わすと、二人は仲良く並んで山道へと向かっていった。
「あの人たちも、煙突神社に参拝するんでしょうか?」
目が合っても気まずいので、振り返るのを我慢して清水さんに訊いた。
彼らくらいの年代だと、もう例の薬害事件を知らなくてもおかしくはない。だから、風化されつつある事件をもう一度世の中に知らしめるため、私は記者として奮闘しているのだ。
「ネットで広まったらしいよ、あの神社に行くと子宝に恵まれるんだって。だから最近は若い夫婦をちらほら見かけるようになったよ」
清水さんは何食わぬ調子で話しているが、私はしばらく開いた口がふさがらなかった。
「パワースポット、ってやつですか……」
勝手に観光地にされて、腹を立てるチムドレンの遺族たちもいるんじゃないか。
しかし、すぐに思い直した。きっかけは何であれ、人里離れた神社に人が訪れて賑やかしてくれるのは有難いことなのかもしれない。
チムドレンたちにとっても、遺族にとっても。
「そういえば、おたくは結婚してるの? 子供は?」
清水さんに訊かれ、「いえ」と頭を振る。
「結婚はしてますが、子供はいません」
答えると、彼は「そうかい」と言って、あっさり話をやめた。
彼は私の「若さ」について遠慮なく触れるのではないか、「今からでも子宝神社に戻ろうか」と揶揄われるかと思ったので、少々意外だった。
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