第四話

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第四話

 鈴香が近くにいることを期待し手首を回して、暗い階段をライトで照らす。  もちろん両手は挙げたままだ。    ――欠けた階段の隅。  ーー蜘蛛の巣の張った天井。  ーー割れた誘導灯。  ーーペンキの剥がれた壁。  ーー錆びた手すり。  やはり、どこにも彼女の姿は見えない。 「おい! 手首を回すな! スマホを床に置け! 今すぐ!!」  少年の堪忍袋の緒が切れそうなので、早急に対応することにした。といっても、策は無いのだが。  とりあえず、これ以上少年の神経を逆撫でしないようにスマホを両手から離す。ただでさえバキバキの画面にヒビがいかないか心配だが、今はとにかく自分の命が最優先だ。  次に両膝を床につける。スマホのライトが目に入って眩しいが、正直それどころじゃない。  最悪、ここでゲームオーバーの可能性もあるか。  ただ一つ心残りがあるとするならば、そうだな。この少年は一つだけ勘違いをしている。それは…… 「その武器じゃあ、脅しの道具には不十分だ」  俺は素早く片膝を立て、スマホを回収。そして少年の方に振り返り、ライトを少年の目に当てた。  一瞬怯んだのを見逃すはずもなく、俺は少年の手をスマホで思いっきり叩く。    その後、重心をずらして、そのまま床に叩きつけて拘束。時計をとるのはその後でいい。そして、少年が落としたものを拾う。  これで、形勢逆転のはずだった。 「どういうことだ?」  刹那、腹を抱えて笑う少年。それもそうだ。俺が持っていたのはただの木の棒だったのだから。 「見ての通りだよ。ただの木の棒にびびっちゃって、おじさん情けないね~。それをいいだしたら、さっきのおばさんもか」  このガキ、生意気だな。イラっとはするがそれよりも......。 「鈴香をどこにやった?」 「どこにって、上の踊り場にいるよ。多分ね」  俺はすぐさま拘束を緩め、立つように指示をする。  すると少年が横に吹っ飛び壁に叩きつけられた。  おそるおそるライトを向けると、そこにいたのは鬼の形相とはまさにこのことだろうか、鈴香がそこには立っていた。    どうやら一発蹴りを食らわせたみたいだ。とりあえず、ライトの光は下げる。……じゃないと余計怖い。 「だれがおばさんだコラァ!」  とりあえず俺は飛びかかる火の粉を払うため空気になる。  暗くてよく見えないが、まぁ、こればっかりは少年の自業自得だろう。  思わず、俺の口からはため息が。……静かにしろと言ったはずなんだがなぁ。  時折発される彼女の奇声が、さらなる敵を呼ばないように俺はただ祈ることしかできなかった......。    数分後、俺たち3人は六階に向かって歩いていた。  もちろん、和解は成功。流石に一人だけで49人と乱闘は厳しいって、子供でもわかる。言わば常識だ。  少年も、単に味方が欲しかったがナメられたくなかった、とのことなので貴重な戦力として迎え入れたっていうことだ。 「どうでもいいけどさ~、いつまで少年呼びなんだよ~。二人はさ、すずかーとか、りんって呼び合ってるのに仲間外れもいいとこだぜ」  それに対して鈴香も俺も沈黙で返す。別に無視しているわけじゃない。ただ……… 「はいは~い。二人とも、そういう態度なんですね~。よ~っくわかりましっ」  とりあえず、鈴香が少年の口を手で覆う。そして、その状態を維持したまま壁に同化した。  目がバタフライしている少年に俺は人差し指を立て、それを口元に当てる。「静かにしろ」という俺の意思が伝わったのかはわからないが、鈴香が少年から手を離したのでとりあえずは、って感じだ。  近づいてくる足音は階段から見下ろすことで、やっと俺たちの姿を確認できる。手元にはスマホ。いつでもライトで目くらましはできる。  ただ今は……とにかく息を殺すしかない。極力戦闘は避けたいところだ。  時計を見ると気持ちが焦る。  それはわかっているがこまめに確認はするようにしていた。そうすることで、定時反応に対応できるようにするためだ。  現在1時50分。あと10分で六階まで行けたら……いや、5階が現実的か……。  今いるのは4階に向かう途中の踊り場。運が良ければ6階まで簡単に行けるだろう。なんなら拠点に帰ることだってできるかもしれない。  ただ、そうはいかないのが現実だ。足音は遠ざかっていくどころか、むしろ近づいてくる。その時、鈴香が俺に手を振った。 『どうした?』 『ここままだと埒が明かない。誰かが行くべき』  一言一言、しっかり口を開けて伝える彼女。読唇術しながら、ハンドサインを決めておけば良かった、と後悔すると同時に彼女が頷いた。  鈴香が離れたことにより、不安そうな少年と戻って来い、と伝える自分。しかし彼女にそれは届かない。  上階に向かって忍び足で歩く彼女がこちらを向かない限り、俺の言葉は伝わらないのだ。  後ろ手で手を振りスタンガンをしっかりと握る彼女を、ただ息を殺して見守ることしかできない自分と俺の静止を振り切ってでも行こうとする少年。  ここで少年が声を出してしまっては元も子もないので、口を手で覆い、少年の身体を壁に抑え込む。  ただ静寂が響く暗闇の中で一つ、光が消えた。  俺は数度スマホの電源を押す。長押しするのに2分……いや、5分くらいかかっている気がする。  しかし、スマホに光が灯ることはない。そこから導き出せる結論は一つ。充電切れだ。  これで俺たちは一つ武器を失ったことになる。  もし、鈴香が帰って来なければ、それこそ絶体絶命だ。  
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