第六話

1/1

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ

第六話

 腹の虫が静かに鳴った。そこで初めて、凛は自分が空腹だったことを思い出した。足取りは重く、視点も定まらず、頭も回らない。  ただ六階へ、少年を背負ったまま歩き続ける。そこにきっと倉庫がある。それだけを信じて。  持ってきた干し梅の数は、多くない。  あと6つ。    そのうちの一つを、凛は自分の口に入れる。間違ってもすぐに噛んだりしない。じっくりと口の中で干し梅を転がす。そう、これは忍耐力を試されているのだ。  もし仮に、すぐ噛んでしまう奴がいるとしたら、別にそいつのことをとやかく言うつもりはないが俺はこう思うだろう。「こいつはなんて馬鹿なやつなんだ」って。  そんなくだらないことが、凛の頭をよぎる。既に集中力など失われているようだ。  今ここで、もし誰かに襲われでもしたら、彼らに抵抗する余力など残ってはいないだろう。そして、朦朧とする意識の中で歩き続ける凛には、少年を背負い続けることも限界にまで来ていた。  そんな時だった。凛が階段から足を踏み外したのは……。  ゆっくりと正面から、床に激突しに飛び込む凛。両手が前に出るはずもなく、背負った少年にできるだけダメージが少なくなるように、脂肪の少ないお腹をクッションにするべく逆反りになった。  するといきなり、シャツの襟を掴まれたのか簡易的に首が閉まり、そのまま起き上がらされる。 「……!!!」  軽度の電流が流され、俺は声にならない悲鳴をあげる。幸いにも口を腕で塞がれていたので、あまり大きな声が響くことはなかったが。 「目は覚めた? 凛」  声の主に俺は答える。 「できることなら、もっと寝覚めのいい起こし方をして欲しかったかな。鈴香」 「なに、これで直接殴ってもらいたかったって?仕方ないなー」  思いっきりスタンガンを振り上げる彼女を、俺は必死に止める。こんなんでゲームオーバーとかシャレにならない。 「まぁまぁ、冗談だって。で、なんで少年背負ってるの?」  まぁ、当然の反応だろう。周りに人の気配もないので俺は鈴香がいない間にあったことを説明した。 「なるほど……。まぁ、とりあえず少年は私が背負うから頂戴? 凛も疲れているだろうし、六階までは私が一旦運ぶからさ」  鈴香の意見に渋々同意し、俺は軽くなった身体と少しだけ回るようになった頭を柔らかくする。 「っていうか、この子寝てるんだけど。まぁ、いいけどさ、起きて自分の足で歩けー!! って言ってやりたい」  自分で提案したくせに、文句を言う鈴香。とにかく、意識が戻ったことに安堵しながら先を急いだ。  六階に着くと、そこには異質な空気が流れていた。どうやら、まだ上に続く階段もあることにはあるようだが、それは屋上に続くもののようなので万が一に備えて位置は把握。しかし、極力行きたくはないのが本音だ。  とりあえず、一度深呼吸。ついでにほっぺも叩く。  背中は鈴香に任せ、俺は先陣を切るべくすり足で歩く。ドアの近くにいるように指示を出し、なにかあったらドアを四回叩くように伝えた。  少年の安全も確保したので、俺は六階の散策をする。  大まかな作りは二階と同じようで、ここも病棟だったことがわかる。    症状ごとに患者を分けていたのだろうか……。いや、まさか。総合病院じゃあるまいし。  気にし始めるときりが無いので、散策に集中する。  あまり前が見えないため壁伝いに歩いているが、全て病室。いや、一つだけリネン室らしきところがあったが、積み重ねられていたシーツが異臭を放っていた。ホコリを吸い込んだのか、むせながら逃げるようにしてリネン室を後にする。  足取りがおぼつかなかったのが悪かったのだろう。足元の段差に足を取られ、バランスを崩した。あとは想像の通り……。デジャヴ。とりあえず手を伸ばし、目の前にあるであろう壁を探す。  無事みつかり、壁伝いにゆっくりと歩く。もちろん階段を探して。できる限り行きたくはなかったのだが、倉庫はどうやら屋上にあるようだ。  しかし近くにあるはずの階段はみつからない。なんだか同じところをゆっくりとグルグルしているような気さえしてきた。その時、ドアを数度叩く音がした。  ノックは四回。鈴香からの連絡だろう。俺は耳に全神経を委ね鈴香のいる位置に近づくように歩く。  何度も叩かせるわけにもいかないので早足で。 「やっと来た。遅かったな」  少年の声がし、その方向へ振り向くと懐中電灯をつけた少年がそこには立っていた。そのまま引きずられるようにして鈴香の元へ。  というか鈴香よ。懐中電灯を持っていたなら渡してくれたってよかっただろうに……。  鈴香と再開し鈴香から少年が起きたことを伝えられる。……いや、もう知ってるんだが。  ちなみにこの懐中電灯はどこから出てきたのか聞いてみると「さあ? 顔も知らないおっさんの」とのこと。  またもやデジャヴ。  とりあえず気持ち悪いが贅沢は言ってられないので懐中電灯片手に屋上へ行くことにした。  少年がポケットから木の枝が無くなってることに気づき、ふくれっ面をしていたので仕方なく懐中電灯を持たせたらしい。危険性は説明したが、説得しても無駄だったとのこと(まぁ、ふいを突かれたとはいえ少年に一本取られてるし仕方ないだろう)。  屋上に出るには重たいドアを開ける必要があったが、3人で引っ張ることで開けることができた。  一番先に駆け出したのはやはり少年。周囲を照らしながら倉庫を探す。  そして一目散に走る。  途中なにかに躓くまではお約束なのか、綺麗に床に叩きつけられていた。  二人で少年を追うと金属製の倉庫が何個も連なっていた。そこから必要なものを選んでポケットにいれる。ついでに両手に持てるだけ持ち急いでUターン。  少年も両手いっぱいに持つ。  懐中電灯は鈴香に渡したらしい。鈴香は手ぶらだったので訳を聞くと「ドアノブ誰が回すの? 戦闘しないといけなくなったら誰が戦うの? そもそも誰が懐中電灯持って前を照らすの?」とのこと。  すみませんでした。 「ちなみに、二人は何持ってくの?」  鈴香は俺ら二人の持ち物を聞き、なにやら宙に書いているので余計なことを口走りそうな少年を念の為にらみつける。……効果はいまひとつのようだが、まぁいいや。 「おば……」 「あ?」 「お……オネエチャン、ナニカイテルノー?」  鈴香にボコボコにされたのがトラウマなのか、少年の声が引きつっている。まぁ、変なことを言わなくって良かった。いや、良くはないか。 「んとね~。おねえちゃんは今ね~状況整理かな?」  まぁ、確かに色々とありすぎて俺も整理しないとだな。ウッ、思い出すと疲労が。  おもむろに手を止め、倉庫の中を明るく照らしガサゴソ物色する鈴香。  おそらく最低限必要なものをさがしているのだろう。    振り返った手には懐中電灯……なにも目ぼしい物がなかったのか。まぁ、食料も水も俺が持ってるもんな‥。            
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加