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「契約成立。強制退去は受け付けませーん」
そんな紫春に玲は笑った。その顔を見て紫春は心から思う。
ああ……やっと、見れたと。自分の行動で感情を揺るがす彼女のその姿が見たかったのだと 親友の頼みなど、もうどうでもよかったのだ。
「……紫春の引越しは、私の心次第だから」
顔を赤くしたまま、玲がぶっきらぼうに返す。
「そっか」
玲の心次第。それを知ることができるのなら、今までの全てに意味があったのだと思えるから、紫春は笑う。
それは久しぶりに見た、彼の心からの笑顔だった。
そんな紫春の笑顔を見て、玲も恥ずかしがったが、うれしそうにしていた。
***
「ーーそんなこともあったよなぁ」
隣を歩きながら玲が懐かしそうに呟く。
「あの時の紫春には本当に驚かされた」
不満そうに玲が言えば、「え?嫌だった?」と紫春は笑う。
「いや、嫌とかじゃなくて……」
「じゃあ恥ずかしかった?」
揶揄うように微笑む紫春に玲は眉根を寄せる。それは不満というより、恥ずかしさからくるもの。
「そういうことじゃなくて……」
玲は紫春に抗議するように、でも少し嬉しそうに笑う。
「あの頃の私は、紫春のこと何もわかってなかったなと思って。隣にいたのに、心は遠かったんだなって、さ」
「そう?」
そんな玲の言葉に紫春が意外そうに言う。
確かにそうだった。でも今は違う。
「今は玲が俺のこと一番知ってるって自信あるよ」
そう言って笑う紫春に「なんだよそれ……」と恥ずかしそうに返す玲。
そんな表情を見せるのも、自分だけだと紫春は知っているから。
そう、自分はもう居場所を手に入れたのだ。
「ずっと、玲の心にいさせてね」
そう伝えれば、玲はきょとんとして、それからくしゃりと笑った。
「当たり前だろ?」
ああ、この表情も自分だけのものだ。
紫春は満足気に笑った。
Fin
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